私は北海道で生まれ育ちました。中学生の時、本屋で『男の隠れ家』という雑誌を見てから、建築家に憧れるようになりました。表紙にはガウディーが設計した「カサ・ミラ」の写真が使われ、中にも色々な建築家が特集されていて、純粋にかっこいいと思ったんです。

そして、高校生になって進路を考えた時、本格的に建築家になりたいと考えるようになりました。また、まだ見ぬものに触れたいと好奇心が強く、北海道を出たいと考えていて、センター試験を大失敗したりと紆余曲折の末、滋賀県にキャンパスがある立命館大学の建築系の学部に進むことにしました。

大学前半はそれなりに遊びつつ、3年生になると研究室にこもって設計する日々が始まりました。しかし、次第に自分は建築家の才能がないと感じるようになっていきました。物理が苦手で授業で分からないこともあったし(笑)、周りには自分よりはるかにセンスがある人もいたんです。

また、3年生の夏に有名建築家の先生の下で3週間ほど実務研修する機会があり、この時に一流建築家との差を思い知ったんです。

初日にアトリエに行くと誰かが机の下で寝ていて、徹夜で作業をしていたスタッフの人かと思ったら先生本人でした。アトリエは彼の自宅も兼ねているのに、わざわざ机の下に布団を敷いていることにまず驚きましたね。また、毎日昼には買い出しに行き、スタッフ合わせた20人分程の超豪勢な昼ごはんを作ってくれたり、音楽を聞ききたいと爆音でロックを流し、朝までウイスキーを飲みながら音楽について語り明かしたりと、一般人とは違う超独創的な世界観を持っていたんです。

その姿を目の当たりにした時、自分は建築家の器じゃないと感じてしまったんです。建築の資格を持って建築業に関わることはできるかもしれないけど、元々私が目指していた一流の建築家になるには、才能が程遠いと。そのため、建築家の道は諦めて企業に就職することに決めました。