日本酒は、もっと評価されるべきなんです。
世界3位の唎酒師が作る酒蔵ツーリズムとは?

唎酒師世界第3位の肩書きを持ち、日本での日本酒の価値を高めるための活動をしているブーラフさん。小さい頃から日本とロシアを行き来していたブーラフさんが、日本酒に興味を持ち、唎酒師として普及活動を始めるまでにはどのような背景があったのでしょうか?

ブーラフ ドミトリー

ブーラフ ドミトリー|日本酒を広める唎酒師
日本酒の試飲イベントや酒蔵ツアーなど、日本酒の価値を高めるための活動を行う。
唎酒師世界第3位。日本酒学講師。

和酒専門ケータリング・サービス「PLUS SAKE」

2歳でモスクワから日本へ


私はロシア人の父と母のもと、ロシアのモスクワで生まれました。そして、2歳から父の仕事の関係で、東京に引っ越すことになりました。実際に日本に住み始め、初めて東京の幼稚園へ行ったときには、言葉が通じないことに驚いて泣いてしまったことを覚えています。

しかし、小学生になって日本の学校に通うようになってからは、日本の普通の小学生と変わらず、放課後はサッカーをしたりして遊んでいました。むしろ、「ロシア語を忘れてしまわないように」と、家では日本語禁止ルールを設けていました。また、漠然と料理に関心があり、休日になると、弟と父と男3人で母の代わりに朝食を作ることが好きでしたね。

そして、ちょうど日本の小学校を卒業する頃、ロシアに戻ることになりました。戻ってからは、ロシア語自体の発音や文法の難しさ、授業自体の習熟度に追いつくのに大変でした。

ロシアは、3・6・2年間に分けられた教育システムなので、小中高というくくりではないのですが、元々両親が教育熱心だったことが大きく影響していて、日本の高校にあたる2年分を、1年間で卒業できる学校へ通うことになりました。

そんな風に、普通より1年早く卒業することができたので、16歳で大学に入学し、専攻は東洋学に決めました。母親が東洋学の研究者だということもあり、抵抗がなかったですし、日本にいたので少しは勉強が楽かな?という気持ちもあって選びました。

商社マン兼専門学生という生活


大学に入ってからは、日本語、経済、歴史といろいろなことを学びました。勉強以外にもサッカーやツーリングに打ち込み、成績もいい方でした。

また、私が所属していた学部では、1年間留学することが義務づけられていたので、3年生になって、日本の横浜国立大学へ1年間留学することになりました。横浜なので、みなとみらいの様なイメージをして日本へ来たのですが、周りはキャベツ畑に囲まれたような場所で少し驚きましたね。(笑)

そして、日本での大学生活では、知り合いから誘われたアメフト部に費やすことになりました。協定校留学でしたが、単位が貰えるものではなかったので、思い切ってアメフト部に入部し、週6日も練習をしていて、体重が20キロも増えました。そんな学生生活を経て、「いずれまた戻ってくるだろうな」というぼんやりとした思いを抱きながら、ロシアへ帰国しました。

帰国後、ロシアの大学を卒業してからは、知り合いの勤めていた、ビジネス向けの旅行パッケージを提供する会社で働くようになりました。そこは日本への旅行を提供していて、自分の背景にぴったりだと思ったんですね。

しかし、その企業で働いているうちに、ロシアで旅行者を送り出す仕事より、日本でロシア人を受け入れる方が楽しそうだな、と思うようになり、日本にある関連会社に籍を移し、商社マンとして働き始めました。

すると、日本で働き始めてしばらくした頃、食関連のツアーの打ち合わせで、服部栄養学園に行く機会がありました。元々、社会人になってからも料理が好きでしたし、食について学んでみたいという漠然とした興味があったので、学校を訪問してみて、楽しそうだなと思いました。特に、日本の食のレベルは、ロシアより高いことも感じていたので、学ぶなら日本の学校だと思い、すぐに入学する手続きを行いました。

それからは、昼は商社で働き、夜は専門学校へ通い、栄養学や食衛生などの料理の基礎を学ぶようになりました。

また、服部栄養学園では、一般クラスの他に、週末に1つのテーマに特化した授業をとることができるんです。カフェ喫茶店コース、中華料理コース、西洋料理コース、などがある中、私はワインコースを選択し、ワインについて学んでいました。それ以来、ワインを飲む量も知識も、どんどん増えていって、どっぷり魅力にはまっていきました。

「お米のワインだ!」


そんなある時、父と誕生日の記念に、2人で食事に行く機会がありました。店は父が15年程通っている六本木のオイスターバーで、普段はワインなどを中心に出しているお店なのですが、たまたま「いい日本酒があるから」と、お店の方が日本酒を出していただいたんです。

そのお酒は福井県にある酒蔵のもので、「火いら寿」という銘柄でした。そして、そのお酒をワイングラスに注いでもらい飲んだんです。

すると、その日本酒を飲んだ瞬間、「これは、お米のワインだ!」と衝撃が走りました。

これまで飲んできた日本酒とは別次元だと思いましたし、「自分は日本酒をなめていたな・・・」と思うようになりました。

以前にも日本酒を飲んだことはあったのですが、正直、おいしいと思ったことはなかったんですよね。しかし、この出会いにより、もっと日本酒について知りたいと思うようになりました。

純粋においしい日本酒に出会って関心を持ったことに加え、将来は飲食のプロデュースをしきたいという思いもあり、引き出しの1つとして、もっと知っておかなくてはいけないと思ったんです。そして、すぐに唎酒師の資格をとることに決めました。

資格を取るには、セミナーに出て勉強をして試験を受けるのですが、思い立って勉強を始め、色々な生産者の方とも話をする中で、段々と日本酒が過小評価されていると感じるようになりました。

元々、戦後にお米が足りなくなってしまったことや、酒税施策の影響で日本酒の質が落ちてしまっており、洋食の食文化の浸透も重なり、日本酒の市場は、全盛期だった頃の4分の1程度になってしまっていました。

しかし、蔵本の世代交代もあり、日本酒の味の質は再び上がっており、すごいお酒があるのに、全く飲まれていないという状況だったんです。そういった現状を知ってからは、もっともっと日本酒のすばらしさを伝えたいと思うようになり、日本酒学講師の資格も取得しました。

その後、ロシアにある日本の食品を輸入している食品関連企業を経て、知人の紹介で、モスクワのベジタリアン料理店のスタッフとして働き始めました。

一方、仕事以外の時間は、日本に何かしら関わっておきたいという思いから、カルチャースクールなどで、日本酒などのイベントを定期的に開催していました。

そして、それらの活動を行う中で、もう一度日本で飲食に関わりたいと感じるようになりました。勤めていたお店では、新店舗の立ち上げから料理長も務め、元々考えていたプロデュース面にも携わる機会をいただきました。

しかし、飲食という面では日本の方が発展していることもあり、段々と、より大きな刺激を求めるようになっていったんです。そこで、2013年にお店を辞めて、再度日本へ渡りました。

日本では、銀座の日本酒ダイニング出働きつつ、農家と一緒にお米中心の自給自足体制を作ることを目的とした、めだかのがっこうというNPO法人のスタッフとしても活動を行うようになりました。朝の8時から、夜の11時まで働き詰めでしたね。それでも、お酒のセミナーなどは定期的に開催していましたし、日本酒に対しての情熱は冷めませんでした。

酒蔵ツーリズムで生産者への還元を


また、日本に戻ってからは、唎酒師のコンクールで世界3位を獲得することができました。正直、優勝しか狙っていなかったので悔しい気持ちでしたが、実績ができたことで活動もしやすくなっていきました。

コンクールの後は、日本酒の魅力をロシアにも伝えるため、唎酒師協会で紹介された人と、ロシアに日本酒を輸出するための会社を設立しました。そして、全国の蔵元を訪問して準備を進め、実際にロシアとの取引を始めようとしたまさにその時、ロシアが経済危機状態になってしまい、輸出が難しい状況になってしまったんです。

また、同時に、蔵本を周る中で、「売れない酒」と「買えない酒」の二極化が進んでいることに気づきました。高品質で高値でも買いたい人が沢山いるようなお酒がある一方で、安くても売れない質のお酒も依然存在していました。

そんな現状を知ると、「売れない酒」は海外でも売れないし、国内の評価も未だ低い中、「買えない酒」を輸出してしまうことに、どこか違和感を感じるようになったんです。

そこで、現在は、輸出ではない別の方法で、日本酒の価値を上げていきたいと考えています。例えば、直近では地方の酒蔵を巡るツアーを始めようとしています。実際に産地に足を運ぶことで、最高のシチュエーションで味わってもらうことができますし、日本酒の風土を持つ地域の活性化にもつながると思うんです。「酒蔵ツーリズム」と題して、観光資源としての酒蔵を活用した取り組みをしていきたいですね。

また、外国人向けのツアーはもちろんですし、和酒専門のケータリングサービス、日本酒と音楽系イベント等、他業種とのコラボレーションもしていければと考えています。

実は、ロシアで日本酒は、1杯1万円でも飲まれているんです。日本酒は、うまみ成分が入っている唯一のお酒ですからね。それくらい価値がある世界最強の食中酒なのに、日本ではあまり評価されていない、むしろ過小評価されていますよね。

日本国内でこそ、日本酒が評価されるべきだと思っていますし、その評価をもっと生産者に還元していきたいと考えています。

2015.04.01

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