私は福岡県で生まれました。中学、高校とバスケットボールに熱中していて、将来も体育教師になり、バスケットボール部の顧問として一生青春を感じながら生きたいと考えていました。

しかし、部活を引退した3年生の時、体育の授業中に大怪我をしてしまい、医者に「もうスポーツはできない」と宣告を受けました。手術をしてリハビリを続ければスポーツができる可能性はあるけど、そうすると早い段階で歩けなくなると言われてしまい、教師の道を諦めることにしたんです。

悔しくてたまらなかったし、とても悲しいことでしたが、いくらへこんでも状況は変わらないし、早く切り替えようと思い、元々興味を持っていた、「料理」か「インテリア」の道に進もうと考え、どちらも学べる短大に進学することにしました。

私の家族は昔ながらの「ザ・九州男児」の家庭だったので、自分も仕事をしながら家族5人分のお弁当を毎日作り、家のことをすべてやっている母の姿を見て尊敬していました。料理も「家族のために」と気持ちを込めてくれていて、そうやって思いを形として伝えられる仕事をしたいという思いから、料理とインテリアに興味を持っていたんです。

短大では次第にインテリアから建築への興味が強くなっていき、いくつかの会社から内定をもらいました。ただ、仕事内容としては、すでに作られたものを売る「販売職」しかありませんでした。しかし、私はもっと壮大な、ゼロから創造する仕事をしたかったんです。そこで、建築の専門学校に進み、本格的に専門的な勉強をしてから就職することに決めました。