目指しているのは、働き方のFUJI ROCK。32歳の「無力感」でリセットした人生。

働き方や仕事にまつわる国内最大規模の知的都市型イベント「TOKYO WORK DESIGN WEEK」のオーガナイザーを務め、「働き方のFUJI ROCKを目指す」と語る横石さん。 学生時代に関心を持ったアートとビジネスをつなげることを軸に仕事をしてきた中で、 大きな転機になったのは、32歳で痛感した「無力感」でした。 (Photo by Mame)

横石 崇

よこいし たかし|「働き方」を考えるイベントのオーガナイザー等
キャリアコンサルタントとクリエイティブプロデューサーの男女2人が営む小さな会社、
株式会社ベンチの取締役。働き方や仕事にまつわる国内最大規模の知的都市型イベント、
「TOKYO WORK DESIGN WEEK」のオーガナイザーを務める。

株式会社ベンチ
TOKYO WORK DESIGN WEEK
TOKYO WORK DESIGN WEEK SETAGAYA(3月15日から21日開催)

アートとビジネスをつなげたい


私は大阪府大阪市に生まれ育ち、小さい頃から目立ちたがりやでお調子者の子どもでした。
小学校では友人と漫才コンビを組んでクラスの前でネタを披露し、
中学になると生徒会長を務め、人の前に立つことが多かったですね。

また、高校生になると、アートやデザインに関心を持つようになりました。
元々、中学校の時にお世話になっていた塾の先生に久しぶりに再会した際に、
「お前の人生にはアートが足りないから、教えてやる」と言われたのがキッカケで、
自称「詩人」のその先生に、アート論を1年間かけて叩き込まれたんです。

そうして教わったのは、絵の描き方等ではなく、物の見方でした。
例えば、ピカソの絵はすごいという先入観を持ちつつも、どうすごいかは正直分かりませんでした。
しかし、その先生には時代背景やピカソの性格、女性関係まで含めた背景の説明ができ、
私自身、それが分かったことにより、作品の見方が大きく変わったんです。

その瞬間に、世界が変わったような気がしました。

それ以来、アートに強い関心を抱くようになったのですが、
すぐに気づいたのが、自分が作品を創ることが向いていないということでした。
仲間内の中では絵が描けるほうであったものの、美大受験というレベルでみれば、全く叶わないという感覚を持ってしまったんです。

そこで、自ら創るのではなく、クリエイターを支える側に回ろうと思い、
美術館の展示をつくったり、作品を選ぶようなキュレーター・学芸員になろうと、
卒業後は一浪の末、多摩美術大学の芸術学科に進学しました。

大学4年間は大学が大好きだったので、非常に充実していましたね。
元々関心のあったアートとビジネスをつなげる部分の学問を学び、
広告研究会を立ち上げたり、高校生から始めていたストリートダンスに打ち込んだり、
学園祭の実行委員長も務めました。

その後、大学3年生を迎えると、周りでは就職活動を行う学生がほとんどいない中、
1人で説明会やイベントに参加するようになりました。
純粋に、お祭り好きなため、「就活」というある種の祭りがあるなら参加したい、
という感じでしたね。(笑)

元々の憧れもあり、就職活動までは、会社に属さずに美術館と直接契約をするような
フリーランスのキュレーターになることも夢みていました。
しかし、色々な会社を見たり、ビジネスの本を読んだりするうちに、
アート&ビジネスを学ぶのであれば、飛び込んだ方が早いのではないかと思い、
いくつか受けた中で縁のあった、メディアアートの企画展示を手掛ける広告会社に入社することに決めました。

念願のキュレーターに


入社後は、新人ということもあり、
広告キャンペーンのプランニングやマーケティング支援のアシスタントの傍らで、
メディアアートの企画展示を手伝っていました。
また、ダムタイプや中村勇吾さんらの仕事を近くで見ることができました。

しかし、しばらくすると、メディアアート部門自体が収益を得にくいモデルだったこともあり、
配属された部門がwebの企画制作部門と合体することになってしまったんです。
改めて、アートをビジネスにすることの難しさを感じました。

そんな状況に加え、元々学びたかったアート&ビジネスにおけるお金の流れ等に携わることができないモヤモヤもあり、
仕事に対してのフラストレーションを感じるようになりました。
しかし、石の上にも3年、という気持ちで仕事に向き合う日々が続きました。

すると、ちょうど3年目に「六本木経済新聞」という地域に密着したメディアの編集長を務める機会をいただいたんです。
そこで、自ら取材・編集を行い、発信してみると、
自分の街の情報を、足を運んで集めていき、多くの人に伝えていく「メディア・ビジネス」という仕組みに対し、
面白さを感じるようになったんです。

そして、4年目を迎えたタイミングで、TUGBOATという、クリエイティブを志した人であれば誰でも知っている会社で、
新しいメディアを立ち上げるという話を聞き、会いに行ってみることにしました。
そこで実際に話をしていくうちに、メディア経験や若さ等を買ってもらい、
新しいメディアの副編集長として、転職をすることに決まったんです。
25歳のことでした。

実際に働き始めてからは、周りの方が超一流であるが故に、
自らの仕事にもどかしさを感じることが多かったです。
そのため、人一倍時間をかけて努力しようと考え、仕事に没頭する日々をすごしました。

また、私が携わることになった新しいメディアは、
様々な雑誌コンテンツをプラットフォーム化したwebメディアで、
まさに元々したかったキュレーションだったんです。
非常にやりがいを感じる環境でしたね。

震災で感じた無力感、32歳でのリセット


その後、経験を積む中で社内での立場も変わっていき、
最終的には役員として、Yahoo!との共同プロジェクトにて「X BRAND」という新しいメディアの立ち上げにも携わるようになりました。

責任の大きな立場になったことで、サービスはもちろん、
お金や人・組織の課題も含めて考えるようになり、学ぶことばかりでした。
また、メディア自体も月間1億ページビューを超えるまでに成長していきました。

そんな折、2011年3月に東日本大震災が起こりました。
今までに味わった事が無いような、社会全体が不安を感じる状態の中で
「アートやデザインの力でできることって何だろう?」という不安も感じました。

また、そんな状況で自分の仕事を見つめ直した時に、
1億ページビューという、影響力が大きなものだと考えていたのが、
日本が不安な時に出来ることが何も無いという、無力感を感じてしまったんです。
それまでは仕事に没頭していたが故に見えていなかったことが、冷静になって見えて来たような感覚があり、
今まで自分がやってきたことを変えなければと感じました。

タイミングとしても、ちょうどX BRAND立ち上げから3年という一区切りを終え、
自分自身32歳で、これから40歳になる前に新しいことをしたいという気持ちもあったため、
一度、リセットしてみようと思い、会社を退職することに決めました。

次に何をするかは決めていませんでしたね。

海外で感じた歯痒さと「働き方」というテーマの隆盛


会社を退職した後は、元々いつかやってみたいと思っていた世界一周に、
100日限定という期間を設けて旅立ったり、実家に帰ったり、友人の家を転々としたり、
ホームレス状態で半年間を過ごしました。

そして、改めて今後の方向性を考える中で見えて来たのは、
やはり、クリエイティブの業界で生きていきたいということでした。
また、自分の経験を、より手触り感のある課題解決につなげたいという思いから、
前職で経営に携わる中で最も苦しんだ、人材や組織の点に注目するようになりました。

そんな思いを抱えながら様々な人に会い続けていると、
私と同じようにクリエイティブ×HRの領域に課題・関心を持つ、
自分のキャリア相談をしていたキャリアコンサルタントと
「一緒に会社を立ち上げよう」という話が固まり、
2012年、退職から7ヶ月後、クリエイティブに特化したエージェンシー、株式会社ベンチを立ち上げました。

社名には、クリエイターをエンパワーメントするような会社でありたいという思いを込めて、
サッカーや野球のベンチのように、裏方で支えるという意味を込めました。

そして、実際に会社を立ち上げてクリエイティブ業界の人事課題に取り組む中で、
次第に「働き方」というテーマに関心を抱くようになりました。
元々、『ワーク・シフト』という本が話題になったり、
その出版イベントに参加してみた時に、すごく盛り上がりを感じたんですよね。
多くの人が関心を抱いているテーマなんだという感覚を強く感じました。

また、もう一つの経験として、世界一周中に「日本の若者はかわいそうだよね」と言われたことがあったんです。
というのも、原発や少子高齢化、年金問題など、日本の若者を取り巻く現状や将来観に対して、
私が出会った海外の方には、一つの側面しか伝わっていなかったんですよね。

「自分の知り合いには面白いやつがいっぱいいるのに」

と、ちゃんと魅力が伝わっていなかったり、発信するような場が無いことに歯痒さを感じました。

そして、それらの経験から、「働き方」をテーマに、
色々な面白い人の思考や哲学を伝えることをしたいと考えるようになり、
「TOKYO WORK DESIGN WEEK」というイベントを立ち上げることに決めたんです。
言うならば、「働き方」のキュレーションをしようと考えたんですよね。

働き方のFUJI ROCK FESTIVALに


そんな背景で生まれた、TWDW(TOKYO WORK DESIGN WEEK)は、
毎年勤労感謝の日前後の7日間かけて、渋谷ヒカリエで開催しており、
参加者が議論に参加するワークショップや、体験プログラムを中心に60個以上のプログラムを実施しています。

働き方というテーマ自体は雑誌でも書籍でも話題で、
その地図自体はできつつあると思うのですが、
皆で話をしたり、意見を共有したり出来る場が無いと思うんです。
だからこそ、登壇者だけでなく、参加者も含めた化学反応が起こるような仕組みづくりを考えています。

実際に、1回あたり約3000人の参加者に来訪していただき、
他のイベントよりも女性比率が高く、20代前半から30代前半が多いことが特徴です。

イメージとしては、働き方のFUJI ROCK FESTIVALみたいなことをしたいですね。
ただ、登場するのはロックバンドではなく、ビジネスマン、彼らのステージを通じて熱狂が伝播していけばと思うんです。

また、昨年から新しい取り組みとして地域を絞ったTWDWも開催しており、
直近では3月に世田谷版のイベントの開催が決まっています。
ここでは、“Think global, Work regional”というテーマのもと、
地域で働くことを主眼に置いた一週間にできればと思っています。

こうして、様々な働き方を実践している人をショーケースで紹介する
広義のキュレーションを、
昔から好きだったお祭りの形でできるのは、非常に楽しいですね。

将来は、この活動を広げつつ、クリエイター支援の文脈で、
次世代クリエイター教育の場として、学校創りも行っていきたいと考えています。
そうすることで、次世代のクリエイティブ業界を豊かにしていくことにつなげていければと思います。

2015.03.11

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