元不動産経営者の、IT業界での新しい挑戦。私はまだまだ変わります、ドキドキしたいから。

スタートアップに向けたオフィスの情報共有サイトの運営に携わる内田さん。不動産経営への挑戦や、シンガポール滞在で新しい価値観を見つけてIT業界で働くことになった背景には、常に自分の可能性を信じ、挑戦し続ける姿勢がありました。どのような思いが行動を生むのか、お話を伺いました。

内田 奈々恵

うちだ ななえ|スタートアップ向け、オフィスの情報共有サイト運営
株式会社アベンチャーズのマネージャーとして、オフィスマッチングサイトの運営・営業を行う。

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変化の多い環境で育った幼少期


親の都合による転居や再婚、継父家族との新たな生活など、
幼い頃から故郷と呼べる地はなく、転校を繰り返していました。
そのため、幼少期から住む環境への柔軟性や、新しく出会う人と接する際の社交性が養われ、
自立心が強く、一人で身の回りの家事をこなすという子どもでした。
同級生よりも大人との交流が楽しいと思う環境で育っているからか、
接し方も子供ながらに芸達者でしたね。
ただ、一人で寂しい思いもしていたので気をまぎわらすために、
色々な物、コト、機械、自然などに関心をむける遊びをしていました。

また、実父との再会後に、私が生まれた時の誕生パーティーの動画を見せてもらう機会があったのですが、
父は経営者だったこともあり、華やかな方々とつながっており、
それを見て、私の実父の存在ってすごいなと感じたんです。

かっこいい父親の元で産まれたなと思いましたし、
こんなに祝福されて生まれたんだなぁと思い、すごく嬉しかったんですよね。
そこから「私も将来、沢山の人に囲まれて仕事がしたい」と、漠然と考えるようになりました。

しかし、その後、父の会社は傾いてしまったんです。
そうすると、今まで父の回りにいた方々が、どんどん離れていき、

「お金が無くなったら、こんなに人って離れるんだ」

ということを強烈に感じました。

父も自信を無くしているのと病気のために、どんどん風貌が変わっていくのです。
それを見ると切なくて。助けてあげても結局、助けてくれる人なんて少ないのかと気づきました。

その後、高校生になると、自立して親とは離れて生活していたので、
卒業後は、大学に行かず経済的にも親から自立したいという思いと、
同級生とスタート時点から差をつけたいという考えから、
父がいた商いの都市、大阪で就職することに決めました。

大学は、社会人になってからでも行けるから、と考えていましたね。

周囲に着いていくことに必死な新卒の日々


大阪では、不動産会社に就職しました。
元々、不動産ビルを見る事や内装インテリアが好きだったので、まさに働きたい職業でした。
その後、実際に働き始めると、周りには野心を持った人も多く、
ほのぼのと生活していた私にとって、とても大きな影響をうけましたね。

どうやったらこの業界の人に認めてもらえるかを考えたり、
年齢で判断される業種だったので、見た目を大人っぽくして年上に見られるようにして、
周りの年上の人に着いていくことに精一杯で、
とにかく必死で刺激的な日々を送りました。

やはり、年上の方と話しをすると、知識と経験の会話の引き出しが必要なので、
それを身につけるために背伸びをして行った場所で、一流のサービスを感じながらお上品なマダムや紳士を眺めていたり、
(例えば一流ホテルのロビーやラウンジでのんびり過ごすなど)
センスを磨くためにインターネットや本を熟読、映画や美術で目を肥やす、
成功された方と出会い感覚と経験値を鍛えるという、
技術ではなく営業につながるコミニュケーション力に力を入れていた日々でした。

まわりには可愛がってくれる方も増えて、営業としては良い結果に繋がっていました。

24歳、念願だった経営者に


そして、父の影響もあり、そうやって出会う方には、「将来は、経営者になることが夢です」と伝えていました。
すると、ある方から、会社を一度経営してみないか?というお誘いをいただいたんです。
思っても見なかったので、とっても嬉しかったです。

チャンスとタイミングがついに来た!と思った瞬間でした。
(実は占いでも言われた事があるので、当たるんだって内心びっくりもしました)

そうして、24歳で、不動産会社の社長として夢だった経営者になることができたんです。

実際に「社長」になってみると、周りの人の反応が変わり仕事はしやすくなりましたね。

それでも、特に初期は苦しい時期が続きました。
やはり、女性ということもありますし、素直すぎて飲み込まれてしまう。
騙されたこともありました。
悔しい日々を過ごし、相手が何を求めているのか判断出来るようになりましたし、
若いからこそ、もっと「社長らしくあるべきだ」と意気込むようにもなっていきました。

しかし、希望とモチベーションは変わらず持ちつづけているものの、
いきなり社長になっても簡単にうまくいくわけでもない。
一匹狼になっていき、顔も険しくなり、人相も性格も悪くなりました。
定番コンサバスタイルにヒールを履いて、ただ気が強くプライドが高いだけの全然可愛くない女性になっていたんです。

それでも、周りの方には暖かく支えていただき、
私自身、「まだまだ自分は変われる」という思いや、「将来自分は絶対何かできる」という希望がモチベーションとなり、
努力を続けていきました。

刺激溢れるシンガポールへ


しかし、ある時から、一人では何も出来ないということに気づき、
肩の力を抜いて、必死だった自分と距離をおくようになりました。
すると険しかった表情も柔らかくなり、人に甘える事の大切さを身を持って学ぶようになりました。

そして、それまでの貴重な体験を経て、会社も安定して迎えた27歳のタイミングで、
ふと、

「このままの状態で、今後も不動産の仕事をしていきたいのか?」

と思い悩むようになりました。
辛い時期は超えながらも、必死と刺激を忘れた自分に、なんだか物足りない日々。

正直、会社を大きくすることにも、不安を感じていました。
やはり基礎が小さいままに、飛び級してしまった感覚があり、
もう一度、基礎を学び直して、新たに大きく前に進みたいと思いがあったんです。
また、年齢的にも、人から学べる最後のチャンスだという危機感がありましたね。

そこで、ちょうど会社を売却する機会にも恵まれ、
順調に全てのタイミングが一致したので、再スタートを切るため大阪から東京に引っ越し、
知り合いの多い大阪から、人脈0の都市で、また新しい生活をはじめました。

実際に東京に出て来てみると、希望は溢れていたものの、
やりたいことがしっかりと強い意思になっておらず、
初めて目標を失ってしまい、大きな不安がありました。

また、大阪で順調だったコミニュケーションが、東京では通用しなくなり、
自信を無くしていき、ギャップや孤立感を感じ、みるみる弱っていってしまったんです。

そこで、せっかくの休養なので、ゆっくり海外に飛びたいと思い
以前から興味のあったシンガポールへ1か月間の滞在を、決めました。

シンガポールには過去2回訪れており、街からパワーを感じていて、経済も成長している、
その背景を知りたかったし、この国を肌で感じて見てみたいと思ったんです。
また、そこに集まる多様な人たちにたくさん出会い、海外交流を広げたいと感じたんですよね。
そうすると、何かヒントが見つかるのかもしれないという、単純なきっかけでした。

実際に、滞在中は、毎日気になっていた場所に足を運びました。
好きだったものから、新しく興味があるもの、中々行かなかったところなど。
もやもやしてきたらとちょっと遠出をしてみる。
そうすると見えない世界がみえてくるので、ちょっとずつ行動を変えてみたのです。

そんな風に、毎日起こる経験を経て、
大阪で出来上がった価値観と東京で感じた新たな価値観や、無駄だったプライドの鎧もどんどん取れていき、
悩んでいた事、隠していた私の素直な気持ち、日々打ち続けた点が繋がって線になり、
新たに目指すべき方向性を見つけることができました。

私にとって有意義で、価値のある一ヶ月を過ごす事ができたのです。

「これが私の探していた仕事だったのか!」


帰国後は思い悩んでいたことがリセットされて、すっきりとした気持ちになることができました。

依然、目標は漠然としていたものの、知り合いの伝手で不動産案件は入っていたので、
とりあえず出来る仕事からしようと思いました。

すると、友人を通して知り合った会社で、スタートアップ向けのオフィスの情報共有サイトを立ち上げをしようとしていた社長から、
新しい事業を手伝ってみない?と声をかけていただいたんです。

そこで、2014年の7月からスタートアップ企業のオフィス取材を手伝い始めたのですが、
何件かやっていくうちに、外からは知れなかった世界を特別に知ることができて、
どんどん面白さを感じるようになっていきました。

内装も、出会う人たちも、クリエイティブで新鮮。
髪の毛ボッサボサ。でも天才。
私自身、インターネットが好きで、伸びそうなwebサービスの発掘などもしていたので、
興味のあったプログラミングを学び触っていると止まらないほどなのですが、
その話題ができる人たちに会えたという事も、すごく刺激的でした。

「これが私が探していた仕事だったのか!」

と思い、常にネット知識をアップデートするようになりました。
本当に、久しぶりに寝るのがもったいない程、ワクワクし、
夢中でアドレナリンがずっと出ている状態ですね。

そして、お手伝いで始めたきっかけから、サービスリリースに向けて
一人でアポ、撮影、執筆まで携わるようになりました。

特に執筆等は初めての経験だったので、日々挫折と反省と改善と、
ちょっと壁を越えた喜びを感じつつ、また時間に追われる日々が続き、
気づけば私の髪の毛もボッサボサ。
好きだったファッションも美容も忘れ、PCと一緒の日々。

そのように夢中になって、サイトのリリースを進めていき、予定より少し遅れてしまったものの、
2015年1月7日、無事に『みんなのオフィス』という、
オフィスの情報共有サイトをリリースすることができました。

出来上がった時は、感動しましたし、ダイレクトに反応が出るのでとても刺激的でした。

その後、順調なスタートを走り出し、新しいご縁も続々といただいています。
でも、それは出会った多くの方が協力していただいたからできたことだと、強く感じています。
人間のあたたかさを感じるとともに、改めて、結局一人では何もできないという事を、気づかされた半年間でした。
だからこそ、いただいた分の倍で恩返しをしていきたいと考えていますね。

将来的には、また起業をしてサービスを作ることが目標です。
これはまだ、ドキドキするプロローグ1のはじまりなのです。

2015.01.20

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