それからはアフガニスタンやインドなどの国を回り、
純粋に旅をしたり、ボランティアに携わったりする中で、
「絶対これは俺しか出来ない」というものを探していました。

そんな中、インドでは、「日本人のボランティアは指示待ちですぐ逃げるから嫌がられている」という話をされたので、
しばらくそこで働くことにしたり、
戦争の現場を見てみようと訪れたアフガニスタン現地では、ゲーセンが流行っており、
私も遊んだことがあるような日本の有名な格闘ゲームがあったので模範を見せてみると、急にヒーローのような扱いになりました。
そういった場面に出くわす度に改めて感じたのが、 どこに行っても自分は日本人で、
「自分がやること=日本人がやることして扱われる」ということでした。

また、そもそも、僕自身がなぜ海外に行けるかを考えてみても、
それは自分が日本人だからだったんですよね。
インドでは、一生働いても聖地に行けるかどうかという人がほとんどの中、
日本の円やパスポートの力で、僕は大学生にも関わらず海外に行くことが出来たんです。

そうやって考えるうちに、そうやって先人のおかげで海外に行けるのだから、
自分が海外で得たことを日本に還元することをしようという思いを抱くとともに、
自殺や鬱などが多発し、病んでしまっている今の日本を少しでも変えるために、
なにか出来ることをしようと考えるようになったんです。

そんな思いを抱えて日本に戻り、大学を4年半かけて卒業した後に就職活動を始めました。
時期的には第二新卒の枠になってしまっていたため、候補はかなり少なかったのですが、
どうやったら日本を変えられるだろう?と考えた時、
日本が絶対的に信じているものの一つである、メディアの中に入ることで、
その一端を担えるんじゃないかと感じたんです。

元々、面白いことを考えることが向いているという感覚もあったので、 テレビ局や制作会社を回り、
大手の制作会社に拾ってもらうことになりました。