高校の時はとにかく洋服が大好きでした。洋服が欲しくてたまらなくて、学校では昼ご飯を食べるのを我慢して、その昼食代を洋服につぎ込むほどの情熱でした。

当然ファッション雑誌も好きで、特に『Smart』という雑誌は穴が開くほど読んでいたのですが、その中で、ARATAさんというモデルの方が、雑誌の最後に自分のページを持っていて、自分の仲間や好きなバンドのアルバムなどを紹介していました。

そんな様子を見ていて、「僕もARATAさんのように、自分の身の回りの素敵な仲間の魅力を伝えたい」と思い、それを実現するために、ARATAさんと同じくモデルになろうと思うようになっていきました。

通っていた高校は、岐阜県内の超進学校だったのですが、入学して一番最初に受けたテストで、なんといきなり学年で総合最下位になってしまいました。自分の中の勝手なイメージで「凄く勉強できる人が大学、そこまで勉強できない人は専門学校、そこに満たない人が就職」という考えを持っていて、その後も成績は下位をキープしたままだったので、大学と専門は諦め、モデルになるために漠然と東京に行きたいと思うようになっていきました。

親に相談してみると「輝ける奴は、場所関係なくどこでも輝けるんや!」と猛反対されてしまったのですが、僕自身は場所が重要だと思っていたので、毎晩泣きながら頼み込んで何とか許してもらいましたね。そして、高校卒業後に上京してからは、街で声をかけられて事務所に所属し、オーディションを受けたり、雑誌に出演したりと、モデルとして活動を始めました。