きぐるみを着たことで、心のきぐるみが脱げた。私が伝えたい自己表現と人を信じる大切さ。
きぐるみを通じた自己表現の機会を提供することで「自分を表現する楽しさ」や「人を信じることの大切さ」を伝えている吉田さん。本当の自分を表現できず、人の目を気にしていたという背景には、幼いころから抱えていた大きな悩みがありました。
吉田 友香
よしだ ゆうか|きぐるみを通じた人の成長支援活動
きぐるみを通じて人の成長支援を行う「国際きぐるみセラピー協会」の代表理事を務める。
NPO法人 国際きぐるみセラピー協会
仮の自分らしさ
私は、長男として生まれ、男の子として育てられました。
でも、心の中には男の子として生きることへの違和感が、常にありました。
そんなことを言い出せるはずもなく、
そのことに目をつぶって毎日を過ごしていましたね。
しかし自分を偽って過ごしていると、周りにはそれがわかるようで、
小学校の時は「男らしくない」という理由で、のけ者にされてしまうこともありました。
そんな時、普通に接してくれて、私を救ってくれたのが先生達だったんです。
また、英語の学習塾にも通っていたのですが、
そこの先生は、英語の勉強だけでなく、自分が行った海外旅行の話など、
色々なことを教えてくれる方で、ワクワクしながら話を聞いていました。
次第に、そんな先生へ憧れていき「将来は人に何かを伝えることをしたい」と思い、
元々子どもが好きだったことも相まって、教育に興味を持つようになりました。
そして教育という分野で進路を考える中で、
より広い視点から様々なことを教えていきたいと思うようになり、
大学の理工学部を卒業した後、学校教師ではなく学習塾の職員として働くことにしました。
今の自分は本当の自分ではない
就職をした際、同期は14人でしたが、うち12人が女性で、ほとんどが文系出身でした。
私は、男性としても理系としても希少だったため、周りからも期待されていることを感じました。
いつもどこかで「女性として可愛くありたい」という気持ちを抑え、周りの目を気にしていたので、
たとえ男性としてでも期待されていることは嬉しかったですね。
業務量は多かったですが、子どもたちからも慕われていたので、
やりがいを感じながら働いていました。
一方、女性として自分らしく生きたい、という気持ちは変わっていなかったので、
休みの日には女性の服装で出かけていましたが、
そのたびに「なんでこんなことしているんだろう?」とも思っていましたね。
なので、ある時新聞記事で、男性社会人として働きながら、本心では女性として生きていきたいと思いながらもどうにもできない、
という私と同じ悩みを抱える方の存在を知った時はほっとしましたね。
そんな中、会社の同僚の結婚式が開催されることになり、
私は当たり前のように、ネクタイを締めてジャケットを着るという「男性の服装」をして、
式に参加しました。
でも、式場で女性の華やかな服装や花嫁のウエディングドレス姿を見たときに、もの凄く羨ましく思い、
「今の自分は本当の自分ではない」
ということを強烈に感じてしまったんです。
それをキッカケに、今まで以上に自分らしさをどう表現したらよいか、
悩むようになっていきました。
そんな悩みと仕事の忙しさが重なって、
就職して9年目には体を壊し、長期入院することになってしまったんです。
本当の自分になる決意
入院して仕事から離れたことで、改めて自分についてゆっくりと考えることができました。
時間をかけて考える中で、やっぱり男性という偽りの自分の姿ではなく、
「女性として素敵な自分を表現したい」という自分の気持ちに正直になり、
社会的にきちんと「女性」として自分を整え生きていこう、
という決心がついたんです。
半年の入院生活の後、退院し仕事に復帰してからは、
会社の仲間たちに「女性として働いていこうと思っている」ということをカミングアウトしていくことにしました。
最初はとても勇気がいりましたが、 日々の中で相手やシチュエーション、言葉を選ぶことで、
少しずつ伝えていくことができました。
実際に伝えていくと、どの人も自分の生き方や挑戦を応援してくれる人ばかりで安心しましたね。
その後、社会的に女性として生きていくための医療的な準備も始めたことで、体調が不安定になっていき、
また女性として働いてみたいという気持ちも強くなっていったので、
学習塾の仕事を辞めることにしましました。
とはいえ、まだ体も戸籍も男のままだったので、
その条件で女性として仕事ができる唯一の場所だった、
歌舞伎町のニューハーフバーで働くことにしました。
そこには自分らしく自由に生きている人が沢山いて、
お客さんやスタッフから沢山のアドバイスを頂けました。
より自分らしく生きることの尊さを感じ、沢山の勇気をもらえた気がします。
そんな中で、人生においてこのタイミングしかないと思い、
今度こそ本当の自分である「女性」の姿と戸籍を手に入れるために、
病院で診断書をもらった段階で海外へ行き、
性別適合手術という大手術を受けることにしました。
きぐるみとの出会い
手術によって、ようやく念願の女性の体を手に入れることができたものの、
思ったよりも体調の回復に時間がかかってしまったため、
ニューハーフバーは辞めて一度実家に帰省することにしました。
しばらく実家で体を休めた後に、近くに新しい予備校ができたので、
今度は女性として働かせてもらうことになりました。
しかし、いざ念願の女性として働くことができたにも関わらず、男性の頃の自分が思っていたほど、
大きくは生活や感覚が変わらなかったんです。
男性として生活していた頃は、女性の姿になれば素の自分を曝け出せると信じていたのですが、
体に対しての違和感は薄れたものの、姿や立場を変えたからと言って、
本当の自分という感覚を得ることはできなかったんです。
働いていくうちにそのことを痛感することがいくつもあり、
息苦しさを感じるようになってしまいました。
男性の時は「女性になる」という目標があったので進むことができましたが、
この先はどうすればいいか分からなくなってしまったんです。
生きる意味を失いそうだった私は、自分の心を落ち着けるために、
カウンセリングなどの心理学の勉強をしようと思い、会社を辞めることにしました。
心の勉強をする中で、沢山の方に話を聞いてもらえ、自分の気持ちを整理することができ、
お互いに心を開いて接するという「心に寄り添うことの重要性」を感じるようになりました。
そうやって勉強をしている中で、偶然知り合ったある方との間で、
自分やみんなが元気になれる企画をしよう、という話題が持ち上がりました。
12月の時期だったこともあり、参加すると笑顔になれるイベントを、
サンタと動物のきぐるみを着て開くことになったんです。
実際、きぐるみを着てみると自分と悟られずに動けるせいか、普段では考えられない自由な表現や、
知らない人に自然に自分からコミュニケーションを取りに行くこともできました。
これほど人に対して無邪気で純粋な自分になれたこと、
今まで自分が知らなかった自分を引き出すことができたということ、
にびっくりしたんですよね。
初めて本当の自分のキャラクターや感情、自然な仕草を表現できた気がして、まるで、
「きぐるみを着たことで、心のきぐるみを脱ぐ」
ことができたようでした。
こんな経験が出来る場所がもっと出来たら、孤独や疎外感を感じている人もきっと救われるだろう、と感じました。
「きぐるみを着て遊べるところや、その遊び方が広がったらいい!」
そう思い、ようやく自分の生きる意味を見つけられたような気がしましたね。
自分らしさを表現し、人を信じるということ
ただ、サービスとしてどのように事業化していけばいいのか分からなかったので、
起業塾に通ったり、事業企画のプレゼンテーション大会に参加したり、色々な人と議論を交したりする中で 、
自分の目指す活動内容を具体化していきました。
現在は「国際きぐるみセラピー協会」というNPO法人を立ち上げ、
一人でも多くの人に「きぐるみを通じて、本当の自分を表現する」という体験をしてもらうため、
きぐるみを使ったコミュニケーションやイベント、セラピー活動などを行っています。
今、周りの人たちを見ていると、以前の私のように自分らしさを表現することを諦めたり、
人と関わることが億劫になって、自分の殻に閉じこもってしまっている方が多いように感じられます。
そんな人たちに、きぐるみを着て、思いっきり自分を表現するという体験を通じて、
人と関わることの楽しさを伝えていきたいんです。
また、私自身、これまでの様々な経験の中で「人を信じることの大切さ」を、
強く感じてきました。
性転換を決意して、学習塾で最初にカミングアウトをしたとき、
私の偽りのない気持ちを正直に伝えた結果、当然みんな驚いたはずなのに、
一切拒絶せず、しっかりと受け入れてくれました。
また、家族に女性として生きていく決意を伝えた際、
最初は「恥ずかしいからやめてくれ」「そんなことでは社会でやっていけない」などと言われ、
なかなか理解してもらえませんでした。
でも諦めずに、分かってもらえると信じて思いを伝え続けたことで、
最終的には「何があってもお前はお前だ、応援してるよ」と言ってもらえたんです。
これから先は、そういった難しい局面になっても私を支えてくれた
「自分や他人を信じることの大切さ、自分らしさを表現することの素晴らしさ」
を一人でも多くの人に伝えていきたいと思います。
2014.07.22