大学に入学してからは、バックパッカーとしてたくさんの国に旅に行きました。最初は中国や東南アジアからスタートして、全部でだいたい40カ国程でしょうか。

海外に出ると、現地で話をした人にとっては自分が初めて出会った日本人、いわば「日本代表」のようになることがあります。それまでは「国籍なんか関係ない」「国際人ってかっこいい」なんて思っていたのですが、日本のことを聞かれたときに、実は自分が日本のことを何にも知らないことが分かってきてだんだんと恥ずかしくなってきました。

そんな中で日本の凄いところを感じるようになり、徐々に日本への関心も高まっていきました。同時に、日本には、たくさんの問題があることも見えてきて、このままでは日本はやばいんじゃないかと思ったんですね。

そんな時、フランスに1年留学をする機会を得たんです。当時はEUがすごく注目されていた時期で、私自身も連合体としての国や地域の在り方に関心がありましたし、それを見る事で何かしら日本の問題を解決するきっかけも得られるのではないかとフランスに行きました。

そこでの住居が共用のキッチンのある寮、日本にあるシェアハウスのようなところだったんですが、ここがとにかく凄く楽しかったんです。様々なバックグランドを持った人同士で毎日の様にパーティーをやって、いろいろな発見があって。人が集まる場所があるだけでこんなにコミュニケーションができるんだと。

これを機に将来的にはこのような様々な価値観やバックグランド、スキルを持った人たちが集まって、新しい何かを生み出せるような場所を創りたいと漠然と考えるようになりました。

日本に帰国してからも、この体験がすごく心に残っていて、京都のゲストハウスに住み込みました。毎日の様に国籍の違う友人と語り合ったり、パーティーをして過ごす中で、“場”を創りたいという思いは強くなっていきましたね。

震災を通してNPOに興味を持ち、バングラディシュへ

大学に入学してからは、バックパッカーとしてたくさんの国に旅に行きました。最初は中国や東南アジアからスタートして、全部でだいたい40カ国程でしょうか。

海外に出ると、現地で話をした人にとっては自分が初めて出会った日本人、いわば「日本代表」のようになることがあります。それまでは「国籍なんか関係ない」「国際人ってかっこいい」なんて思っていたのですが、日本のことを聞かれたときに、実は自分が日本のことを何にも知らないことが分かってきてだんだんと恥ずかしくなってきました。

そんな中で日本の凄いところを感じるようになり、徐々に日本への関心も高まっていきました。同時に、日本には、たくさんの問題があることも見えてきて、このままでは日本はやばいんじゃないかと思ったんですね。

そんな時、フランスに1年留学をする機会を得たんです。当時はEUがすごく注目されていた時期で、私自身も連合体としての国や地域の在り方に関心がありましたし、それを見る事で何かしら日本の問題を解決するきっかけも得られるのではないかとフランスに行きました。

そこでの住居が共用のキッチンのある寮、日本にあるシェアハウスのようなところだったんですが、ここがとにかく凄く楽しかったんです。様々なバックグランドを持った人同士で毎日の様にパーティーをやって、いろいろな発見があって。人が集まる場所があるだけでこんなにコミュニケーションができるんだと。

これを機に将来的にはこのような様々な価値観やバックグランド、スキルを持った人たちが集まって、新しい何かを生み出せるような場所を創りたいと漠然と考えるようになりました。

日本に帰国してからも、この体験がすごく心に残っていて、京都のゲストハウスに住み込みました。毎日の様に国籍の違う友人と語り合ったり、パーティーをして過ごす中で、“場”を創りたいという思いは強くなっていきましたね。

震災を通してNPOに興味を持ち、バングラディシュへ