地元の衰退を止められるデッドラインは今。 自ら動き続ける「超プレイヤー公務員」の挑戦。

西伊豆町の産地直売所で毎日のように何百匹もの魚を捌いている松浦さん。魚屋さんかと思ったら、職業はなんと公務員です。地元の衰退を目の当たりにし、住民には「役場は役に立たない場」と言われ、危機感と悔しさを募らせる日々。そんな中で松浦さんがとった行動とは。お話を伺いました。

松浦 城太郎

まつうら じょうたろう|西伊豆町役場 まちづくり課
静岡県西伊豆町役場・まちづくり課商工係主査。東海大学海洋学部卒業後、西伊豆町役場へ。ふるさと納税を先駆けて導入したほか、一次産業を活性化し、農水産物の地産地消を進めるため、農林水産物直売所「はんばた市場」の開設にも尽力。2020年9月から、釣った魚を電子地域通貨で買い取る地域活性化の取り組み「ツッテ西伊豆」を開始。

好奇心の塊だった少年時代


静岡県西伊豆町に生まれました。両親と弟の4人家族です。とにかく好奇心が旺盛で、親や幼稚園の先生に「これ何?どうして?なぜなぜ?」と質問ばかりしていました。海も山も目の前にある自然豊かな環境だったため、周囲は不思議なものの宝庫。「知りたい!楽しい!」と本能のままに動き回っては、怪我をしたり怒られたりしていました。
小学校で釣りにハマり、毎日のように友人たちと海へ通いました。「どうしたらもっと数が釣れるか、大きな魚が釣れるか」と、好奇心のままに実験を繰り返していました。

中学校では漫画スラムダンクの影響でバスケットボール部に入り、とにかく練習してレギュラーにもなりました。勉強はおろそかになっていましたが、自然を相手に生活していたこともあり、理科、数学、技術などを得意としていました。

高校は、なるべく治安の良い学校に通いたいという理由で進学校を選びました。入試はクリアできたものの、これまで勉強する週間が無かったため、どんどん授業についていけなくなりました。バスケットボール部入りましたが、レギュラーにはなれず。好奇心を満たす対象が他にできなかったことから、少し悪いことに関心を持ってしまい、周りの大人たちを困らせていました。

そんな僕に本気で向き合ってくれたのが、3年間担任を受け持ってくれた先生です。僕のために本気で怒り、見捨てることなく説教してくれる姿を見て、「このままじゃダメだ。人に迷惑をかけないよう真面目にならないと」と思うようになり、悪いことはやめました。

しかし勉強する習慣がなかったため、成績はぼろぼろ。進学は諦めるしかないと思っていたら、その先生が推薦状を取ってきてくれたんです。「釣り好きだったのなら、興味を持てるかもしれない」と、海洋系の大学に何とか突っ込んでくれて。先生には本当に感謝しています。

弟との別れと幸福論


大学でも相変わらず勉強はしませんでしたが、再び釣りにハマりました。通っていたキャンパスが静岡市にあり、すぐ裏が海なんです。「海や釣りが好きだから海洋系の大学を選んだ」という生徒も多く、そんな学友たちとしょっちゅう竿を振っていました。授業には集中できないのに、釣りには情熱を燃やせて「どうしたら釣れるのか」と研究・実践を繰り返していました。

そうして何となく大学に通いながら、釣りに精を出していた21歳の時、弟が病気で亡くなりました。弟は中学の時に脳腫瘍を患い、闘病しながら高校に通っていましたが、彼が高校3年生の時に亡くなったんです。近しい親族の死は衝撃的で、精神的にかなりきつかったです。少しずつでも立ち直らなくては…と思うなか、人生で初めて「幸せに生きるにはどうすれば良いのか」と、自分なりの幸福論について考えました。

人はやがて必ず死ぬ。それまでの生きている間、せっかくならば充実して楽しい日々にしなくてはいけない。そして、弟の分までちゃんと生きなくてはいけない。そう思い、まずはゼミなどの授業にきちんと出席するようにしました。

しかし、そう思えたタイミングは既に大学生活も終盤。やりたい職業を真剣に考える時間もなく、たまたま母親が見つけてきてくれた、地元・西伊豆の町役場職員に応募し、内定をもらいました。

「学ぶ」ことの楽しさを知る


西伊豆町役場に就職して最初の仕事は、企画観光課で町の広報誌を作る仕事でした。その後は観光施設の整備や管理を行ったり、クリーンエネルギーや教育系の仕事も経験しました。公務員は一定の期間ごとに担当がどんどん変わるので、まずはルールや仕事を覚えることに必死。正直、受け身な仕事姿勢でした。

しかし、亡くなった弟を思い出す中で、「日々の三分の一を占める“働く時間”を楽しめないと、真に幸せとは言えないんじゃないか」と考えるようになり、徐々に自分から仕事を効率化したり、手を挙げて研修に参加したりと、行動を起こすようになりました。

学生の頃は学ぶことに無関心だったのに、社会人になって学び出すと、どんどんハマっていき、「研修マニア」を自負するくらいになりました。

町役場以外の仕事も学びたいと思うようになり、静岡県庁への出向にも手を挙げました。30歳で静岡県庁の水産部署へ出向する機会をもらえ、1年間、県内の水産現場の実情を見て回ったり、難しい申請書類の作成方法を学んだり、たくさんのインプットをしました。

その後、西伊豆町役場に戻って総務課へ。通常業務に加えて、本来ならば上司が担当する「人材育成研修」の企画・運営業務にもチャレンジさせてもらいました。自分自身が「学ぶ」ことの面白さや大切さを知ったので、やる気次第で若手がどんどん学べる環境を作りたかったんです。決められた割り当てで組まれていた研修体勢に、若手も挙手すれば参加できる制度などを組み込みました。

町と役場の衰退


役場の仕事に慣れるに従い、気になっていったのは「町と役場の衰退」でした。西伊豆町は少子高齢化が進み、静岡県内で最も高齢化率が高い地域です。そのため、一次産業を中心に人手不足が深刻で、多くの産業が衰退の一途を辿っています。全国各地で住民から行政への批判がある中で、西伊豆町役場も住民の方に「役場は役に立たない場」なんて言われることも。役場の存在意義が問われていたんです。

僕はこの状況に強く危機感を覚えると共に、悔しい思いをしていました。「地域を盛り上げながら、役場が“役に立つ場”として機能する方法はないか?」と頭を悩ませる日々。そんな時、勤務していた総務課のメールにたまたま流れてきたのが「ふるさと納税セミナー」の案内でした。

ふるさと納税が世間に浸透する前で、どんなものかも今一つわからなかったのですが、なぜか僕のアンテナにピンときました。担当者ではなかったんですが、なんとか上司にお願いして、東京で開催されるセミナーに出席させてもらったんです。ふるさと納税の仕組みや事例を教えていただいたのですが、聞けば聞くほど成功するイメージしか頭の中に浮かばなくて。これはすぐにでも実践しなくては!と、久々に好奇心スイッチが思い切りONになりました。

西伊豆に戻って最初に取り組んだのはチーム作り。しかし、何の実績もない若手が新しいことをやりたいと言っても、なかなか賛同者は現れません。そこで、ふるさと納税のセミナーや企画運営を行う会社へ相談したところ、なんと社長自ら西伊豆町役場に来て、職員みんなの前で講演をしてくださったんです。

僕がセミナーで心を動かされたように、「やりたい!」とスイッチがONになった職員が次々に現れました。西伊豆町役場の職員数は約100人、その四分の一にあたる約25人がチームに加わってくれたんです。「これは行けるぞ!」と心が踊りました。

役場が「役に立てる場」に


これまでにない横断プロジェクトチームが役場内にでき、ものすごいスピードでプロジェクトが進んでいきました。「行政は縦割り」と言われるように、普通は同じ役場の中でも申請など様々な障害があるんです。それが、ほとんどの課にプロジェクト仲間がいるため、予算を取るのも、新たなルールを作るのも、とにかく楽だし早かったです。

役場内の準備が整ったら、肝心の「返礼品」を獲得するべく、町中の事業者さんにも協力を仰ぎました。しかし、「役場は役に立たない場」なんて言われるくらいなので、最初は全然信用してもらえません。「忙しいのに、役場が面倒なことを言ってくる」なんて言われたこともありました。

そこで、役場のみんなが人海戦術的に自分の周りに声をかけ、少しずつ丁寧に説得する作戦に。徐々に賛同数を伸ばして何とか100種類以上の返礼品を集めることができました。

他地域での事例もあまりない中だったので不安もありましたが、えいや!とふるさと納税をスタート。すると、すぐに驚くほどの反響があったんです。初年度でいきなり3億7千万円を超えて、静岡県内1位の寄付額になりました。

たくさんの寄付をいただけ、その半分を事業者さんに「売り上げ」としてお渡しできたことは非常に嬉しかったですが、それ以上に価値があったと思うのは、役場の内外を巻き込んで「みんなで成功体験を積めた」ということです。

役場の中でも新しいことへのチャレンジや発言が非常にしやすくなりましたし、事業者さんたちの中にも役場を信頼してくださる方が増えて、「役に立てる役場」に一歩近づけた気がしました。

今が地元のデッドライン


ふるさと納税の事業が安定してきたところで、観光商工課と企画調整課が合体した「まちづくり課」の商工係へ異動しました。「物」を売るのが本来の仕事なのですが、僕は勝手に「西伊豆町内にある“全てのモノ・コト”を売って、町内の経済を回す仕事」と拡大解釈をし、とにかく事業者さんたちに稼いでもらえるよう動き回りました。

「外貨を稼ぐにはお金のある場所へ売り込みに行かなくては。そうだ、東京だ!」と、自ら東京に通っては、農産物や加工品、観光などの商材をPRし続けました。販売元が細切れになっていると購入側の負担が大きいと思い、西伊豆の事業者さんと協力して、地域商社も設立。これでうまくいくと思ったら、思わぬ落とし穴があったんです。それは「都会で売れるほどの量の商材が、そもそも西伊豆に揃っていない」ということでした。

「商材の量が少ない」という課題は特に観光領域にも影響を及ぼしていました。旅行は、景観や温泉などももちろん目的になり得るのですが、満足できるかどうかは「食」の充実度にかかるところが大きいと思うんです。僕のような食いしん坊は特に、動機付けの半分以上を食が占めていて。そういう方も多いのではないかと思いました。

それなのに西伊豆では多くの食材が、獲れた先から都市部の市場へ出荷されて、ほとんど地元に残りません。「地産地消」という習慣がなかったんです。観光を大きな産業と位置付け、それに関わる事業者さんも多い町なのに、これはまずいなと。

また同時に少子高齢化が進み、生産者やその周辺事業者の人手不足も深刻でした。育てる人や獲る人が少なく生産量が伸びない上に、流通・販売ができる人もいないことで、価格・売り上げは上がらないし、労働環境も過酷。側から見ても非常に厳しい状況でした。

この問題は解決策が見つかっても、改善するのに数年、いや10年はかかるだろう。そう感じる中で、町の一次産業の担い手の年齢を見ると、なんと10年後には一気に生産量が落ちるのが読み取れました。「西伊豆町は、今がまさにデッドラインだ」と、ものすごい危機感を覚えました。

キーワードは「地産地消」


そこで役場職員や町の事業者、移住組を含む住民たちと議論を重ねると共に、町外の先進事例を学びました。島根県の海士町や徳島県の神山町など、町づくりの先進事例として名高い地域に現地視察などさせていただきながら、自らの五感を使って研究し考え続けました。

その中でたどり着いたキーワードが「地産地消」。地産地消は、単に地元の産品が地元で消費されるだけではありません。地元での需要が増えれば生産者の売り上げ・所得も上がるため、親世代は安心して子ども世代に事業を引き継ぐことができるし、新たな雇用が生まれることで、移住促進にも繋がります。有休農地など活用できていない土地・資源の課題解決にも繋がります。魅力的な商材が町に溢れることで観光客を増やすことができれば、多くの事業者が外貨を獲得できるようにもなります。地産地消は様々な可能性を秘めているのです。

そして地産地消を進めるにあたって、まず必要なのが「食材を集められるリアルな場所」でした。西伊豆は販売・流通の選択肢が少なく、忙しい生産者たちが自ら販売先を開拓し、配送するのが難しい。そのため、せっかくの産品を、都市部などの大きな市場へひたすら送って終わり…というのが一般的でした。そうすると地元で産品が回らないし、生産者さんも価格交渉などができず、売り上げも上がりません。生産者さんに変わって販売・流通を一手に引き受け、町の内外へバランスよく流通させる場所が必要なのです。

そこで3年間かけて準備を進め、2020年5月に西伊豆堂ヶ島産地直売所「はんばた市場」をオープンしました。はんばた市場があることで、生産者と消費者の間に入る仲介の数を減らせるので、生産者から高く買い取っても消費者に安く売ることができる。つまり、生産者の収入アップに繋げられます。また生産者が「作る」ことに集中できるようになるため、労働時間を見直していただける。いわゆる「働き方改革」にも寄与できると考えました。

現在の生産者はもちろん、新規参入を検討する方の負荷も減らして、まずは西伊豆全体の「供給量」を上げていきたいです。

現場に飛び込み、動き続ける公務員


現在は、はんばた市場に毎日出勤して、漁業者との調整や魚の荷受け、魚の加工など、まるで魚屋さんのような仕事をしています。日に数百匹の魚を捌くなんてこともざらです。普通の公務員の仕事とはかけ離れたものですが、とにかく人手不足なのと、こうして僕自身が現場に立ってこそ気付ける課題や解決へのヒントがたくさんあると思うのです。

やはり魚は需要に対して供給量が全然足りなかったので、2020年9月からは、観光客や釣り人が町内の提携船で釣った魚を、電子地域通貨で買い取る「ツッテ西伊豆」という企画をスタートしました。観光客には新たな観光コンテンツとして楽しんでもらい、釣り人たちには価値ある一本釣りの魚を獲得すると同時に、街へ立ち寄るきっかけにしてもらえたらと思っています。

他にも新型コロナウイルス感染症を機に広まったzoomを活用して、はんばた市場の食材を購入してくださったお客さんたちを繋げるリモート飲み会や、町外の方へ通販で食材を届けて、その調理法をお伝えするリモート料理教室などを開催するなど、新たなチャレンジもどんどん行っています。

公務員の仕事は、もちろん地域の皆さんをサポートさせていただくことです。しかし机の前で想像するだけでは、本当の課題やニーズが見えてこないのではとも思うのです。幼い頃から「なぜ?どうして?」と、自ら実践しながら学び挑戦してきた僕には、やはり自ら現場に飛び込むのが向いているし、そうしないとできないことも多くあると思います。

大好きな地元を衰退させないため、役場をもっと「役に立つ場」にするため、右往左往しながら自ら実践を続けていきます。

2020.10.07

インタビュー・ライディング | 中川めぐみ
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