日韓の未来をつくるのは若者たち。
韓国語アプリで異文化理解の土壌づくり。

韓国語を気軽に勉強できるアプリ「できちゃった韓国語」を運営する朴さん。留学をきっかけに日本が好きになり、日韓の交流を深めるために活動を続けています。日韓両方に精通する朴さんが描く、今後の日韓関係とは。お話を伺いました。

朴 鍾暁

パク・ジョンヒョ|韓国語アプリ運営
韓国のソウル特別市出身。現在は韓国語勉強アプリ「できちゃった韓国語」を企画・制作するほか、東京最大の韓国人SNSコミュニティ「東京韓国人会」の管理人も務める。

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父への憧れ、日本語との出会い


韓国のソウル特別市に生まれました。3人兄弟の次男です。小さい頃から、高校教師の父を誇らしく思っていました。韓国では先生を敬う気持ちが強く、教師は常に人気ナンバーワンの職業だったからです。友達と会うときには聞かれてもいないのに「僕の父は先生なんだよ」と自慢していましたね。父への憧れから、自然と教師を志すようになりました。

高校のとき、第2外国語の授業で日本語を選択しました。中国語などと比べて、日本語はアニメやマンガが身近にあり、親しみやすかったからです。授業が始まると、日本語のひらがなの形を見て、「なんだこの丸っこい文字は。可愛すぎる」と思いました。韓国語のハングルはまっすぐな線ばかりなので、ひらがなを書くのは新鮮な感覚でした。特に「ゆ」は、滑らかに筆を走らせて一気に書くとすごく気持ちよかったですね。文字の形は全然違う一方で、発音は似ているんですよ。例えば、日本語の「有料」は韓国語でも「ユリョ」と発音し、意味は同じなのでそのまま通じるんです。

韓国語と日本語は隣国なのに全然違う部分もあれば、共通する部分もあって面白いなと感じました。学校の勉強だけでなく、流行りの日本のテレビゲームにも熱中していたので、自然と日本語を話せるようになっていきましたね。もっと日本語を勉強したいという思いと、幼いころからの教師になりたいという夢、両方叶えるために、日本語教師を目指せる大学に進むことにしました。

留学で日本が大好きに


在学中の2005年に、日本へ半年間留学しました。日本人は、韓国を嫌いな人が多い、無視されることも多いと聞いていたので、少し不安な気持ちがありました。しかし、実際に日本の街を歩いてみると、スーパーには必ずキムチがあり、居酒屋ではマッコリが大人気、喫茶店のテレビには韓国ドラマの出演俳優のモノマネをする人が出ていたんです。日本人が韓国のコンテンツや食文化に親しんでくれていることに感動しました。

単なるブームとは思えないほどの韓国人気だったので、日韓は間違いなく友好関係を築いていけると確信しました。日本人の彼女ができ、出会った人はみんな親切で毎日がとても楽しかったので、半年で帰らないといけないのが惜しかったですね。

帰国後、少しでも日本と繋がり続けたいと思い、日本のブログサービスに登録して、日本語で韓国文化を発信する活動を始めました。韓国の映画、ドラマ、K-POPはもちろん、「韓国の若者男性のリアル」と称して自分のライフスタイルも発信しました。

その後、教育大学院に進みました。ただ、日本語教師の募集は少なく、確実に教師になれる保障はなかったので、大学院に通いながら勤務できる会社を探し、日本のアニメやマンガを扱っているコンテンツ制作会社に就職しました。

会社では、日本のアニメキャラクターを韓国で広めていく仕事を任されました。日本のコンテンツが大好きだったので、やりがいがありましたね。楽しく仕事をしていたら成果もついてきて、日本のアニメキャラクターが韓国でも人気キャラクターとして認知されるようにました。

仕事は順調に進み、大学院でも無事に教員免許を取ることができました。ただ、日本語教師の採用枠の空きがなかったんです。ずっと先生を目指してきたので残念でした。ただ、英語や中国語と比べて募集が少ないのは承知の上だったので、「これも運命だ」と受け入れて、会社に勤めつつ空きが出るのを気長に待つことにしました。

日韓交流の架け橋になりたい


仕事の傍ら、趣味で続けていたブログの読者が徐々に増えていき、読者の方々から書籍化を薦められるようになりました。ぜひやりたいなと思いつつ、ちょっと夢見すぎかなと思うところもありました。ただ、周りの人たちが企画書の書き方や送り先の出版社を教えてくれるなど後押ししてくださったので、少し希望を感じ、企画書を作って日本の出版社にメールで送ってみたんです。

無事に送れた段階でやり切ったと思い、普通の会社員生活に戻りました。ある日、仕事中にデスクで一息入れようとメールチェックをしていると、日本の出版社から返事が届いていました。一気に緊張が高まり、トイレに駆け込みました。恐る恐る返事の内容を確認すると、「前向きに検討させていただきます」と書いてあったんです。トイレの個室だったので、その場で1人、静かに喜びを爆発させました(笑)。

その後、とんとん拍子で書籍化が決まり、2012年8月に出版記念の取材のため、2度目の日本に行きました。雑誌のインタビューを受け、テレビ出演も決まるなど、「若手作家デビュー」という形で出版プロモーションが決まっていきました。これから日本で活躍できるかもしれないと思うと、嬉しくて胸がいっぱいでした。

しかし、これから本格的なプロモーションが始まるというタイミングで、韓国の大統領が日韓の領土問題の地である竹島に上陸する事件が起きたんです。事件以降日韓関係が悪化し、韓国に関する報道に規制が入るようになりました。そのあおりを受けて、私の出版プロモーションは全て見送られ、せっかく受けたインタビューもお蔵入りに。もう少しでつかめそうだった夢が泡のように消えて、本当に悔しかったです。

ただ、出版自体は取りやめにならなかったのが不幸中の幸いでした。事件がもっと早く起きていたら書籍化すらできなかったかもしれないので、世に出せただけでもよかったなと思いました。

ブログの書籍化は大きな自信になり、日本での仕事に挑戦したいと思うようになりました。そして、その気持ち以上に、日韓関係改善のために行動したいと思ったんです。初めて日本に行った時に確信した、日韓友好の未来。それを感じられたからこそ、関係が悪化していくのを黙って見ているわけにはいきませんでした。日本のブログ読者とつながりがあることを活かし、日韓交流の架け橋になりたいと強く思いました。両親は猛反対でしたが、決意は揺らがず、会社をやめて、骨を埋める覚悟で日本に渡ったんです。

日本に住む韓国人を支える


仕事は日本でイチから探しました。ずっと教育に献身したい気持ちがあったので、東京のコリアンタウンである新大久保で韓国語を教える仕事を始めました。やりがいはありましたが、収入が安定しません。ずっと同じ生活は続けられないと思い、来日して1年経たずして転職活動を始めました。

韓国でのコンテンツ事業の経験があったので、ゲームアプリの会社に転職することができました。転職後も、自由に都合を合わせられる個人レッスンや、企業向け語学研修、YouTubeなど様々な形で韓国語を教える活動は続けました。韓国と日本を繋ぐ活動を少しずつでも続けたかったんです。

日本に来て1年以上が経ち、生活にも慣れてきたころから、日本に住む韓国人同士のつながりをつくる活動を始めました。韓国国内はずっと就職難が続いており、IT業界を中心に、職を求めて来日する若者が増えてきていました。そんな韓国人の若者が日本にすんなり馴染んでいけるような受け皿が必要だと感じたんです。「東京韓国人会」というSNSコミュニティを立ち上げ、日本での暮らし方や考え方、コミュニケーションの取り方などを伝えていきました。

一方で、日韓関係が悪いときは本当に肩身が狭かったですね。来日してから4年が経ったとき、通勤中に地下鉄のプラットフォームで電車を待っていると、急に後ろから「朝鮮人」と言われました。驚いて振り返ると、言葉を投げつけてきたおじさんが、人混みをすり抜けて去っていったんです。呆気にとられましたね。怒りの感情というよりは、自分が韓国出身だと示すものを何も身につけていないのに、韓国人と見抜かれたことに対する驚きのほうが大きかったです。韓国人に敏感に反応し、露骨に差別する視線はまだまだあるんだなと感じました。

日本に暮らすことで日韓関係について考えさせられることは多く、複雑な気持ちを抱えた韓国人がコミュニティでつながって支え合うことは大事だなと改めて思いました。そして、そんなふうに韓国人が考えていることを日本人にもっと伝えていきたいとも思いましたね。

もっと手軽に韓国語を学べるように


韓国語を教えていると、韓国ドラマを字幕なしで見たい、K-POPの歌詞が知りたい、アイドルのTwitterの内容が知りたいという声が多くありました。韓国文化に興味を持ってくれているのが嬉しい反面、周囲には手軽に韓国語を学べる環境がありませんでした。他の韓国語教室では教科書的な韓国語を学ぶことができますが、実際にコミュニケーションをとるとなると難しい。授業料も高く、手軽に学べるとは言い難かったんです。

ゲームアプリの会社にいるので、韓国語を学べるアプリを探しましたが、手軽に学べそうなものがありませんでした。日本人がちょっとしたきっかけからでも韓国語を学ぶチャンスがあれば、韓国の理解にもつながると思い、アプリを自作することにしました。

会社勤めしつつだったので、平日の夜と週末の限られた時間でアプリの構想を練って、同時に開発してくれる人を探しました。出資は受けず、貯金を切り崩して開発費に当てていたので、本当にギリギリの生活で苦しかったですね。いろいろなトラブルの連続でしたが、運よく良い開発者に出会うことができ、開発を始めて1年後の2019年1月にアプリをリリースできました。

大好きな両国のために捧ぐ人生


現在は、ゲームアプリ会社を辞め、韓国語学習アプリ「できちゃった韓国語」の運営に専念しています。韓国語教室に足を運ばなくても、スマホ1つあればいつでもどこでも手軽に学べるのがアプリの強みです。

手軽でありつつ、本格的に韓国語を勉強できるのも特徴ですね。例えば、日本人が韓国語を学ぶ上で大きな壁となるのが発音です。似ている部分はあるものの、正確に発音をマスターするのはすごく難しいんですよ。その点このアプリには、ユーザーの発音を認識して正確さを自動で判定してくれる機能が搭載されているので、早く上達できます。さらに、アプリ開発以前から続けていたYouTubeのハングル講座の動画を連携させているので、先生から対面でレッスンを受けているようなクオリティを保つことができています。

そんな工夫を重ねた結果、大手のアプリレビューサイトでおすすめ韓国語アプリ第1位に選ばれました。今後はユーザーがより楽しく学べるように機能を改善し、多くの日本人に広めていけるようマーケティングを強化していきます。

また、東京韓国人会の活動も続けており、食事会や交流会を開いています。実は現在、東京韓国人会の50%は韓国に住む人なんです。日本を目指す若者が増えてきていて、日本での生活の仕方に関する質問が殺到しています。日本に少しでも興味を持ってくれる人の役に立っていると思うと、コミュニティをつくった甲斐があったなと感じますね。

アプリもコミュニティも、ターゲットは若者です。若者こそが今後の日韓関係の希望だからです。日韓関係は悪化したとき、一番よくないのは、そうした風潮に若者が振り回されること。お互いの国のドラマや音楽などのコンテンツに親しみがある若者が、良いイメージを持ち続ければ友好関係を築いていけると信じています。かつての私もコンテンツをきっかけに日本に興味を持ち、言葉に触れて好きになっていった一人でしたから。

だから、コンテンツをきっかけに相手国に興味を持った若者に、より深く相手の文化や価値観を理解してもらうために活動を続けます。韓国と日本が大好きなので、日韓の若者がお互いを理解していくための土壌づくりに人生を捧げていきます。

2019.10.31

インタビュー・ライティング | 伊藤 祐己編集 | 粟村 千愛
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