神奈川県で生まれ、父の転勤で5歳から栃木県那須町で育ちました。人見知りで、小さい頃は母がそばにいないとダメな子どもでしたね。自分を表現するのが苦手で、友達が欲しいのにうまく関係性を築くことができません。自分からは話しかけられないので、自宅の庭にいろんなおもちゃを置いて、友達が声をかけてくれるのを待っていました。

強いヒーローが好きで、特にウルトラマンに憧れました。自分も強くなって、誰かに勇気や感動を与えたいと思っていました。その思いを汲んでくれた母の勧めで、近所の柔道教室に通い始めました。

人見知りなので、初めは教室に行くのが苦痛でしたが、ヒーローに憧れる気持ちが強かったので、柔道を続けられました。小・中学校は柔道漬けの毎日でしたね。

特に好きな柔道選手がいました。その人は、日本一の柔道家を育成する、全寮制の私塾の出身でした。「自分もこの人のようになりたい」と思って14歳のとき、入門テストを受けて私塾に入りました。

私塾の生徒は全国レベルの猛者だらけで、コテンパンにされました。自分の無力さを思い知りましたが、頭の中では、大観衆の中で自分が相手を投げるシーン、活躍している姿を常に思い浮かべていました。妄想をしていると楽しくて、不思議と「いつかそうなれるんじゃないか」と思えてくる。だから、くじけずに柔道を続けられたんです。

千葉の大学に進学しても柔道を続けました。高校までとは比べ物にならないほど部員数が多く、約300人いました。これだけ部員が多いと自分の存在が埋もれます。「ヒーローは存在感の薄い、その他大勢の人間とは違う」と思っていたので、いかに人と違う行動をするかを考えるようになりました。あまり使われていない技の研究をしたり、野菜中心の食事にしたり、試行錯誤しましたね。

大学4年の時に、初めて全国大会に出場しました。ニッチな技「飛び十字」を試したところ、これがうまくはまり、決勝まで勝ち進むことができたんです。

決勝戦の相手は、私塾時代、一番強かった男でした。かつて雲の上の存在だった相手と、日本一をかけて戦うことができたんです。試合には負けてしまいましたが、戦えたことが自信に繋がりました。「強くなりたいと思い続けてよかった」と心から思いましたね。