相当フライング気味に受験勉強をスタートした甲斐あって、なんとか第一志望の大学に合格し、進学しました。少しでも外交官について知りたいと思い、大学1年生のとき、外務省でアルバイトを始めました。

ワクワクしながら行ってみると、外務省の仕事は、国会答弁の準備やサミットの車の手配など、大事だけれど地道なものばかり。中学生のとき漠然と抱いていた、表舞台で華やかに活動するイメージとは全く違っていました。「私はなんて世間知らずだったのだろう」とショックを受けました。

外交官のイメージだけを追って、実際にどんな仕事をするのか、その本質は全くわかってなかったんですよね。世間知らず過ぎたのではないかと、強い危機感を抱きました。世間を知るためには、とにかく現場に足を運び、自分の目で色々なものを見る「現地現物」主義でリアルを体感しなければ、と、一旦外交官の夢はリセットして、沢山のアルバイトをするようになりました。

就職活動はまさに「現地現物」を体験できる千載一遇のチャンスでした。気になる企業は手当たり次第、面接に行きましたね。面接に行くと大体の企業は業務内容の想像がついたのですが、日本銀行だけは全く想像がつきませんでした。実際に現場を見てみたいと思い、日銀に入行しました。

最初に担当したのは、銀行に考査に入り、不良債権の査定をする日銀考査の仕事でした。金融危機で、銀行も企業もバタバタと倒れている状況でした。私が「この融資は不良債権ですよね」と査定すれば、銀行は融資先の担保を即座に処分して融資を全額回収します。さらに私たちは、回収見込みの立たない金額が積み重なった銀行には、破綻を宣告しなければならないのです。生々しいヒリヒリ感のある仕事でした。

仕事に意義は感じていましたが、銀行の不良債権査定をしても感謝をされることはありません。不良債権に苦しみ、海外から撤退し続ける日本の金融機関を見るうちに、ただモニタリングするだけではなく、いつか「ありがとう」と言ってもらえる仕事をしたいと思うようになりました。「この先、このままでいいのかしら」と、キャリアに迷いが生じるようになったんです。

そんなとき、友人に「コンサルに向いているんじゃない?」と言われました。そこで、勧められた大手コンサルティング会社の面接を受けたんです。面接では、クライアントにどう価値を出すのかをたくさん議論しました。「こういう仕事がやりたいのかもしれない」と思いました。思いがけず、ご縁をいただいたので、コンサルティング会社に転職することにしました。