もっと和太鼓がやりたいという気持ちを持ったまま高校生になり、あるとき、和太鼓づくりを行なっており、演奏もしている日本人の元でホームステイできることになったんです。学校の長期休みを利用して宮城県白石市を訪れ、住み込みで和太鼓を習いました。ホームステイに行くまでは長い時間を日本で過ごしたことはなかったので、全てに驚きと新鮮さを感じる日々でした。

ホームステイが終わった後は、アメリカに戻って高校を卒業し、周りが憧れる職業だったことから、医者を目指すことに。アメリカ東海岸の大学へ進学しました。

和太鼓への情熱はそのままで、家庭教師のバイトで貯めたお金で長期休みに日本へのホームステイは続けていました。日本から帰ってくると、周辺に和太鼓が叩けるような場が全くないのが悩みでした。

アメリカでも和太鼓がやりたいと思い、仲間を集めて自力でサークルを立ち上げることに。ただ和太鼓自体がないので、自分たちで木を切って作るところからのスタートでした。活動を続けていくうち、他の大学に演奏で呼ばれたり、和太鼓の叩き方や作り方を教えたりすることが増え、徐々に和太鼓が広まっていくのを感じました。

初めて和太鼓に触れた人が、楽しいと感じるきっかけを作れることがうれしかったですね。なかには教わってから和太鼓が好きになって、練習に通ってくれる人もいました。

演奏はもちろん好きでしたが、今まで知らなかった人に和太鼓を知ってもらい、興味の幅を広げてあげられることにも喜びを感じていました。

大学卒業後はそのまま大学の施設に就職し、研究開発をすることに。研究の傍ら、和太鼓サークルの活動は続けていました。

23歳のとき、和太鼓のプロになろうと決心し、日本に行くことにしました。研究者にはいつでもなれるけど、和太鼓は体力的に若いうちしかできない。失敗してもいいから、とりあえず今チャレンジしないと絶対後悔すると思ったんです。

不思議とチャレンジすることに恐怖はありませんでした。通っていた大学に、キャリアや安定にこだわらない人が多かったのが理由の一つかもしれません。卒業後、就職せずに旅に出たり、NPO法人団体で活動したり。自分のやりたいことを貫いて生きる生徒がすごく多い学校でした。そんな人たちに囲まれていたおかげで、不安や躊躇なくやりたいことに挑戦する決意ができたんだと思います。