微生物の研究で人類をアップデートしたい。 人と違うことを選んで、社会に貢献する。

都市環境の微生物を研究し、人との関わりを解明しようとしている伊藤さん。幼い頃から「人と違うこと」をかっこいいと思い行動していく中で、微生物に興味を持ちました。伊藤さんが研究人生を通じて実現したいこととは。お話を伺いました。

伊藤 光平

いとう こうへい|都市環境微生物の研究
GoSWABプロジェクト(https://goswab.netlify.com/)代表。慶應義塾大学環境情報学部で、都市環境の微生物の研究を進める。高校から7年間研究を続け、数多くの国内・国際学会での発表や、国際論文2報を出版している。2018年にはForbes JAPANが選ぶ世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30 JAPAN 2018」に選出される。

人と違うことをやりたい


山形県鶴岡市に生まれました。両親は公務員で、幼い頃から雇用が保障され定時に帰れるからと、公務員になることを勧められて育ちました。でも僕は、根本的に考え方が違ったんです。安定を求めるよりも、好きなことを思い切りやって生きていきたいと思っていました。家族とはそういう点では話が合いませんでしたね。

小学生のころから、「人と違うことをやるのがかっこいい」と思っていました。夏休みの自由研究で有線電話を作ったり、中学生になると電子工作にはまってパソコンを作ったりしました。完全に独学でしたが、コンピュータの技術に対する理解が早く、ネットで調べたり本を読んだりして新しい知識をどんどん取り入れていました。

一方で、友達と一緒に遊ぶのはあまり得意でなかったです。大勢で集まったとき、何か始めるでもなくただ話すような、明確な目的のない、無意味ともとれる時間が苦手でした。何をやるにしても、目標を立てて行動しないと気が済みませんでした。

中学3年のとき、地元にある慶應義塾大学先端生命科学研究所を見学に行きました。バイオの分野に特に興味はありませんでしたが、なんとなく研究は人と違うことをするのを評価してくれる世界だと感じていたので、覗いてみたいと思ったんです。

講演があり、その中で研究所の所長が「人と違うことをしなさい」と話していました。それまでは、友達も周りの大人もみんな「人と同じことをやって、その土俵で勝てばいい」という考え方でした。一理あるとは思いながらも、自分の考えとは合わずモヤモヤしていたんです。そんな中で、所長は初めて「人と違うことをやること」を勧めてくれた人でした。この人についていけば自分の好きなことができると思い、高校生に研究をさせてくれる研究所の特別研究生に応募し、採用されました。

やりたいことをやるからには結果を出す


地元の高校に通いながら、研究所で研究する生活が始まりました。最初は、山形県の名産品であるお米の品種改良をしようと考えていましたが、研究アドバイザーの大学院生に影響を受けて、微生物の研究をやってみることにしました。

研究を進めると、これまでやっていたコンピュータ分野に比べて、自分には向いていないと思いました。生物学の論文は、コンピュータの技術書より読むのに時間がかかり、苦痛に感じる時もありましたね。

それでも、すぐに微生物の研究が楽しいと思うようになりました。微生物学は解明されていない領域が広く、いろいろな可能性を秘めているんです。例えば、微生物の研究が食品や新薬の開発に繋がったケースもあり、人間の健康に寄与するという目的のために、研究する意義があると思いました。

コンピュータの勉強は楽しかったですが、僕にとってはただの手段であり目的ではありませんでした。目的がある微生物の研究にやりがいを感じ、向いていることよりも、やりたいことである微生物の研究にのめりこんでいきました。

しばらくは順調に研究が進み、学会ではいくつか賞を受賞しました。しかし、高校2年生のときに出場したある学会で賞を逃してしまったんです。審査員に実験の甘さを指摘され、その時ようやくサイエンスを甘く見ていたことに気づかされました。

サイエンスに必要なのは、結果の再現性や、論理的な思考。高校生であることはサイエンスにおいて全く関係なく、誰もが納得できるデータを出せるかが全てです。年齢が関係ない世界だからこそ、言い訳せずストイックに取り組まなければならないのだと気がつきました。その学会以降気持ちを引き締め、翌年はデータの正当性を何度も見直して挑み、上位の賞を受賞することができました。

3年間通った研究所で、やりたいことに対して真剣に取り組んでいる大学生や教員とたくさん出会いました。加えて、やりたいことを支援してくれる人がたくさんいることにも気づけたんです。自分でやりたいことをやるだけでも幸せだと思っていましたが、一人では実現できないこともあります。そんなとき、指導してくれたり、支援してくれたりする人がいるとわかったことが様々なチャレンジをするきっかけになりました。

やりたいことをやっているといろいろ言われることもありますが、それ以上に応援してくれる仲間もできます。もっとみんなやりたいことやって、言いたいこと言っていいのになと思います。ただ最後に自分の言動に責任をもつことができれば。

微生物の研究を続けるために、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)に進むことにしました。親は最初お金がかかるため反対していましたが、高校3年間の実績を見て認めてくれるようになりましたね。

研究で社会にインパクトを与えるために


SFCに入ってみると、面白いことをやっている人だらけでした。でも一部の人は目立ちたいがために変わった行動をとっていたりしました。その行動は自分の持っている「人と違うことをやりたい」という感覚とは少し違うと感じました。僕は、単純に変わったことがやりたいのではなく、人がやっていないことをやって社会に良い影響を与えられることをしたいんだなと気がつきました。

学部2年生のとき、高校生の頃から取り組んでいた体内の微生物の研究から、体外の微生物の研究に切り替えました。微生物が体外から人に与える影響を解明すればすごい価値になるんじゃないかと思ったんです。

特に、都市環境を対象に研究することにしました。日本の都市には人口が偏在しており、微生物による問題が発生しやすいと考えたからです。例えば、学校やオフィスで微生物が原因である感染症が流行りやすかったり、湿気が多い日本の家などでカビなどの細菌が増殖して体に悪影響を与えたり。これらの問題を解決できれば、社会に大きなインパクトを出せると考えました。

そこで、都市に生息する微生物を調査し、人間の日常との関わりを解明する「GoSWAB」というプロジェクトを始めました。具体的には、階段の手すりなど、人がよく触れる部分を綿棒でこすってDNAを採取し、解読したデータを解析していきます。それによって、微生物のコミュニティやその機能を調べるのです。

プロジェクトを推進するため、学生を集め組織を作りました。クラウドファンディングの成功や研究費の採択などで資金調達ができ、研究が進んでいきました。今でこそGo SWABプロジェクトが理解され始めてきましたが、当初はなかなか周囲の理解を得られませんでした。その頃から僕を信じて今日まで付いてきてくれたメンバーたちには、感謝の気持ちでいっぱいです。

微生物は、ウイルスや病原菌などの悪いイメージを持たれがちですが、医療・工業的に利用できたりすることもあります。実は、私達が認知している微生物は実際に存在する微生物の1% 以下なんじゃないかともいわれています。新しい微生物が見つかった分だけ、いろいろな分野に応用できる可能性があるんですよね。

ニューヨークの地下鉄のDNAを調査した論文では、地下鉄内のDNAの約半分が未知のDNAでした。たとえば、この未知領域を解き明かすことで、医療・工業的に利用可能な微生物が見つかるかもしれませんし、人々の健康に寄与できるかもしれません。


学部4年のとき、成果が認められてForbes JAPANが選ぶ「世界を変える30人」の一人に選ばれました。自分のやっていることが研究者以外の人にも評価されたと感じて、これまで研究してきた中で一番うれしかったです。

研究を広く社会に役立つものにするためには、論文を書いているだけでは十分では無いと考えます。メディアを通して自分の研究について一般の方に理解していただくのも、研究を発展させるための重要なアプローチだと考えています。

人類のアップデートに繋がる研究を続ける


現在は、引き続きGoSWABプロジェクトを進めています。

今後の目標は、2020年の東京オリンピック前後の微生物コミュニティの変動を調べること。オリンピックを観に多くの外国人が来ると、彼らの体に付いている微生物も一緒に持ち込まれるので、国際的な微生物の移動が日本の都市環境にどう影響を与えるかを解き明かしたいですね。

最終的には、都市の環境における微生物コミュニティの分布と機能を解析し、人と微生物の共生関係を明らかにすることで、次世代の都市デザインにつなげられればと思います。

例えば、微生物による影響を解明できれば、感染症が少なくなる室内空間をデザインできるようになるかもしれません。一般的に、抗菌・殺菌などで微生物を排除することが健康を守ると考えられています。しかし私は、微生物の多様性こそが大切だと思っています。実際に、院内感染の要因の一つは、空気中の微生物の多様性の低下だと示唆されています。研究を進めることで、微生物を完全にコントロールし、人が健康に生活するために最適な環境をつくれることが私の夢です。

一方で、人生は短いので、自分だけでできることが限られていることもわかっています。研究で得た知見や様々な資源は同じ志を持った次の世代に受け継ぎ、社会実装に生かしてもらいたいと考えています。自分で全てを成し遂げることよりも、自分の研究を多くの人たちにつなぐことで、社会に役立つ可能性を少しでも広げることが大事だと思っています。

世界を変える手段として次世代の教育は必ず必要だと思うので、将来は大学教員になるのが良い道ではないかと考えています。ただ、例えば起業して大きなお金を動かし、世の中にインパクトを与える方法もあるので、どのやり方がいいのかじっくり選んでいきたいですね。まだしばらくは、信頼できる仲間とともにGoSWABプロジェクトに専念するつもりです。

いずれにせよ、自分の微生物の研究を通して、人の健康に寄与し、最終的には人類のアップデートに貢献したいと思っています。

2019.05.06

インタビュー・ライティング | 伊藤 祐己編集 | 粟村 千愛
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