レガシー産業の中からイノベーションを。
世界で一番難しくても諦めずやり抜いてみせる。

屋外広告や店頭ディスプレイを手がける株式会社クレストをはじめ、数社を経営する永井さん。クレストの取締役に就任してから、ITを導入するなど業界に新たな風を吹き込んできました。永井さんが、サイン&ディスプレイ業界をはじめとする「レガシー業界のイノベーション」に挑む想いとは。お話を伺いました。

永井 俊輔

ながい しゅんすけ|株式会社クレスト代表取締役社長
大手ベンチャーキャピタル、ジャフコに入社後、父の経営する株式会社クレストに入社。取締役を経て社長に就任。レガシー産業にIT技術を組み合わせ、業界への新たな価値の創出に挑む。空間デザインの株式会社ドラミートウキョウの経営を行う。エンジェル投資家としても活動中。現在、投資先は6社におよぶ。

「こうした方が良くない?」が口ぐせ


群馬県前橋市に生まれました。あまりしゃべらない、おとなしい子どもでしたね。

小学4年生のとき、父がサーフィンに連れて行ってくれるようになったんです。前橋から2~3時間かけて茨城や千葉や湘南に行って、地元のサーファーたちに混ざってサーフィンをしました。自然が相手の、一歩間違えると死んでしまうスポーツですから、10歳でも大人扱いです。ルールを守らないと本気で怒られます。毎週末、学校とは別のコミュニティで、初対面のサーファーたちと人間関係を作っていきました。その中で徐々に人格が形成されて、大人びていきましたね。

サーフィンの方が面白いので、学校はどんどんつまらなくなりました。ちょっと冷めた目で周りを見るようになって、友達とも話が合わなくて。休み時間は図書館で一人で本を読んでいました。

勉強では、家族からいつでも一番であることを求められました。特に父はかなり厳しい人で、欲しいものはなんでも買ってくれるけど、テストで100点をとれないと取り上げられるんです。

素直にみんなと同じ方法でやっていたら一番になれないから、超工夫するようになりました。例えば、計算ドリルはまず答えを読んで解き方を覚え、それを応用して問題を解いていきました。学校や塾の先生が教える解法ではなく、自分で見つけたやり方で点数を取っていったんです。

そんな経験もあって、すでに決まっている「正しいやり方」と言われるものに疑問を持っていました。もっと良い方法があるんじゃないか、と何をやるにも自分で工夫していましたね。「こうした方が良くない?」が口癖でした。

高校1年で父を「社長」と呼んだ


大学付属の高校に入学すると、起業家だった父が手がけていた事業の一つ、不動産業を手伝うようになりました。任せられたのは、所有しているアパートの入居率を上げること。父は最初にたくさんのビジネスプロセスを目の前で見せてしっかりと指導してくれた上で、すぐに独り立ちさせてくれました。

それからは、ヒントはくれるけれど、指示されることはなかったです。だから本気で努力して工夫して、自分のやり方を見つけるしかありませんでした。とにかく営業が怖くて成果も出ず、苦しんでいた自分に対して、父はこんな言葉をかけてくれました。「男の価値は、どれだけ辛くて眠れない夜を過ごしたかで決まるんだ」。この言葉で、苦しんでも前を向くことができるようになりました。

賃貸情報サイトなどのサービスはまだない時代。アパートを借りたい人は直接不動産管理会社に行き物件を探していました。高校生なのでビジネスや不動産業界の仕組みもわかりませんでしたが、自分なりにどうアプローチしたらいいのか考えました。

まず、近隣エリアの不動産管理会社にアプローチをかけることに。空き部屋が出たらファックスやメールで伝えるという、地道な営業を行いました。

世間知らずですから、うまくいかないことも多くありました。名刺交換もろくにできず管理会社から「子どもが営業にくる」と嫌がられたこともありましたし、アパートの入居者のクレームを受けて苦労することもありました。辛かったですが、それでもやめることはありませんでした。

「絶対に諦めない」ことが我が家の家訓だったんです。父も母も、諦めさせてくれません。「どんなことでも、本気でやり抜けば、必ず成功する」と言われていました。父は怖くて、怒られてかなり辛い思いをすることもありました。ただ、一方で父は人のモチベーションを上げる天才でもあったので、褒められると嬉しくて。達成感も味わっていたので、辛くても取り組めたんですよね。

学校を切り上げて営業に行く生活を、大学4年生まで続けました。その頃から父を「社長」と呼ぶようになりました。続けるうち、だんだん父とビジネスをする上での志が重なって、同じ方向を向いてビジネスをしている感覚を得ることができました。父は人生における最高の上司で、神様のように絶対的な存在でしたね。

育っていた「切り替える力」


大学を卒業すると、株式が未公開の企業や事業に投資するプライベート・エクイティの分野で日本トップの企業に入りました。いずれは父のような起業家になりたいと思っており、そのためにとにかく難しい課題を解決できる力を手に入れたかったんです。投資は世の中の優秀な人たちが取り組む、スケールの大きな難しい仕事だから、まずはその会社に入って成長したいと考えていました。

買収の仕事を担当し、充実した日々を過ごしました。しかし、入社した年の暮れに父から、会社を辞めて、父が経営する屋外広告の会社、クレストに入るよう言われました。入社して1年も経っていませんでしたが、「社長」命令ですから、1秒で切り替えてクレストに入社しました。

やりたかった仕事ができなくなっても、全く後悔はありませんでした。学生時代に勉強や不動産の仕事がうまくいかず、眠れないくらい辛い夜をたくさん過ごした経験値が活き、感情がコントロールできるようになっていました。知らない間に父から、経営をする上で重要な、感情を切り替え物事に執着しないトレーニングを受けていたのかもしれません。

世界一かっこいい仕事にしたい


入社して、最初は営業を担当しました。会社と業界のルールや仕事の仕方を知らないと何もできないので、まずはひたすら覚えていきました。

数年たつと、既存のやり方の改良すべき点が見えてきます。子どもの頃からの「こうした方が良くない?」です。管理方法などの無駄を洗い出し、業務をデジタル化していきました。これによって、売り上げを2倍にすることができました。

会社が成長してくると、今度は会社が向かっているゴールをより良いものにすべきではないかと考え始めました。いまのビジネスモデルのままでいいのだろうか、と。周りの競合企業や類似企業の経営陣も、当然「どうすれば自社が成長するか」と考えていたとは思いますが、それは今やっていることの延長線上で、これからも当たり前に産業が続いていくことが前提の思考ではないかと感じました。

例えば、デジタル化によっていつかリアル店舗そのものがなくなり、看板や屋外広告が減少した場合に、どうビジネスモデルを変革してゆくべきか、という点については、競合企業は深く考えていなかったと思います。

デジタル化が進めば、業界自体が変わってしまう可能性があります。そんな危機的状況に陥っても乗り越えていけるように、あらかじめあらゆる方向から準備を積んでおく必要があると思いました。

お客さんを増やすために営業を頑張り、より良い製品を投入し、顧客満足度を徹底的に高めるといった成長は非常に重要です。しかしそれだけでなく、看板にただ情報を発信するだけではない価値をつけるとか、看板の持つ意味を根本から変えていくとか、新しいやり方、新しい事業を考えなくてはいけないと思ったんです。

仕事の中で、看板の職人さんや下請けの印刷屋さんと話をする機会がありました。興味があったので「どんなビジョンがあるの?」と聞いてみると、皆は口々に「ビジョンなんてないよ」と言うんです。「手に職がついてるからやってるんだよ」と。

それを聞いて、自分の使命を決めました。うちの会社はもちろん、サイン&ディスプレイ業界で働いている人たちを幸せにしたい。自分たちの仕事が、世界一かっこいい仕事だと思えるようにしたい、と。「業界の価値をあげるようなイノベーションを起こすこと」が、ただ売上をあげるだけではない、新しいゴールになりました。

屋外広告にIoT革命を起こす


父が経営する事業の中には、数店舗を持つガーデニング事業があり、僕も徐々にその事業の経営にも携わることになりました。店舗の経営を見ていくうちに、ウインドウディスプレイを変更しても、売上との相関を分析するのが難しいことに気がついたんです。

ウインドウディスプレイは、クレストのサイン&ディスプレイ事業で提供しているサービスの一つ。しかしそれが実際にどんな価値を提供しているか、効果を測る方法がないのだと気がつきました。だんだんと、だったら効果を図れるようにしたいという気持ちが芽生えてきました。

どうやったら測れるのか考えていた時、ふと、タッチパネルの自動販売機の上にカメラがついているのに目がいきました。カメラによって、顔認証で年齢性別を推定できるというんです。「これはすごいな」と思いました。と同時に、これでウインドウディスプレイを見た人や、それによって店内に入ってきた人を測れるんじゃないか、と閃きました。

そこから、カメラと位置情報を特定できる装置であるビーコンを導入し、看板をどれだけの人が見ているか、ディスプレイを見た人の何パーセントがお店に入っているかなどがわかるシステムを開発しました。個人情報保護のため、カメラの画像は一瞬たりとも保存しません。しかし、ビーコンの情報と合わせることで、個人情報を取らずに人の行動を特定できるんです。

IoTの導入によって、看板の効果が測定可能なものになった。買収した小売店の事業とシナジーを効かせることで、IoTの力でサイン&ディスプレイ事業をより良くする一歩を踏み出すことができました。

レガシーな業界の価値を変えていく


いまは、父の跡を継ぎ株式会社クレストの代表取締役社長を務めるほか、デザイン会社など数社を経営しています。

自社の看板にIoTを取り入れたように、生産性が低く、成長が頭打ちになっている「レガシー」と言われるほかの既存産業にもイノベーションを起こしていきたいと考えています。サイン&ディスプレイ業界の価値をあげたいという思いは変わらずありますが、ほかにも市場の成長性や一人当たりの生産性が低く、頭打ちになっている業界はたくさんある。

そんな業界が、外部から破壊されるのを待つのではなく、自ら変革を起こしてかっこよく変貌を遂げてほしい。既存産業で働く人に誇りを持ってもらいたいと思っています。そのために、「レガシーマーケット・イノベーション」に取り組んでいます。

これからの世の中、経営者に求められる要素は、既存産業の生産性の向上と、Google、Uber、Airbnbが行なったような市場創造、新産業の創出など、自社産業へのイノベーションの二つだと思っています。レガシーマーケット・イノベーションの概念では、この二つを同時にやろうとしているんです。

新たなアイディアを持ってスタートアップを起こすのは難しいことですし、既存の市場を破壊する事業者が現れたり市場が縮小したりする中で、既存産業を更に成長させるのも難しいことです。片方だけでも難しいことを同時にするので、レガシーマーケット・イノベーションは非常に難しい。世界で一番難しいことだとすら思っています。でもだからこそ、やりがいがあるんですよね。

生産性が低いからといって外から壊されるのを待つのではなく、レガシー産業の中からイノベーションを起こし、先人が遺した想いである本当の意味での「レガシー」を守っていきたいです。

これまでは神様みたいな父が見守る中でやってきましたが、社長になって3年目のいまは父の目の届かないところに向かっています。尊敬する偉大な経営者の父から、ついに離れるステージに突入し、自分自身の世界観で、自分の人生で積み上げてきたもの全てをつぎ込んだ取り組みが、レガシーマーケット・イノベーションです。

覚悟を決めてはいても、本当はいつも新しいビジネスのニュースを見るたび、悲観的になるんですよ。世の中では次々と新しい産業、ビジネスモデル、概念を作って、プラットフォームの支配者になる人たちが出てくる。僕はこのデジタル化の渦に飲み込まれずにやっていけるのか、この道で合っているのかと、眠れない夜が続いています。

でも、どんなに辛くてもやめたりはしません。眠れない夜の数が男の価値だという言葉を、今も大切にしているんです。そして、どんなことだって本気でやり抜けば必ず成功すると信じています。我が家の家訓は「絶対に諦めない」ですからね。


2019.04.11

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