茨城県水戸市生まれです。幼い頃からラーメンチェーンを展開する会社の役員として働く父の姿を見て、仕事ってやりがいがあって面白そうだと感じていました。将来は父のように裁量を持って働きたいと思い、よく「社長さんになりたい」と言っていましたね。母は「やってみたらいいんじゃない。頑張ってね」と応援してくれました。

両親が共働きで忙しいこともあり、友達を誘ってよく遊んでいました。いつも同じ友達とではなく、ゲームはこの友達、釣りはこの友達と遊びの内容に合わせていろいろな友達と仲良くできる子どもでしたね。

中学生のときは、卒業後すぐ働きたいと思っていました。漠然と「人生は一度きりだから、スケールの大きなことをしたい」という思いがあり、そのためには早く社会に出た方がいいと感じていました。

あとは、ゲームが好きだったため、社会に出て働くことに対して、一種のロールプレイングゲームのようなイメージを持っていたんです。新しい武器を手に入れて強い敵を倒すように、早く社会に出てスキルを身につけ、経営者になって戦おうと考えていました。ただ父に「高校ぐらいは行ったら」と勧められ、結局地元の高校に進学することにしました。

将来について考えていたとき、バイト先でニュージーランドの大学に通う学生と出会いました。初めて「海外に行ったことのある人」と出会い、衝撃を受けました。

これまで自分が海外に行けると考えたことがなかったんです。しかし、目の前に海外経験のある人が現れたことで、自分にも行けるんだと一気に視野が広がった感じがしました。それまでは漠然と、自分の見える世界の中で一番スケールが大きかった経営者を目指していましたが、海外に行くという、よりスケールの大きな選択肢があることを知った瞬間、海外に行くことが目標になりました。

高校を卒業したら海外に行くと決め、海外に行ったことのある知り合いに相談したり、留学代理店に話を聞きに行ったりしました。自分の中で、行き先はアメリカに決まっていました。アメリカが世界一の経済大国で、最もスケールの大きな国だと思っていたからです。高校卒業と同時にサンフランシスコの語学学校に行くことにしました。

身近に高校卒業後に海外に行く人はいなかったので不安はありました。しかし、大変なことを成し遂げたほうがすごいと思っていたので、不安な気持ちをモチベーションに変えられました。親は応援してくれましたし、留学資金も出してくれました。そういう恵まれた環境に育ったからこそ、何かしら大きなことを成し遂げられないとおかしいと思うようになっていましたね。