東京都世田谷区で育ちました。父は代々続いてきた住職の家の生まれでしたが、次男だったため、僕が生まれた当時は家業を継がず自分でお店を経営したりしていました。そんな背景からか、僕に対して仕事や財産を引き継げないぶん、自分の人生は自分で切り開いてほしいと考えており、幼い頃から「お前に残してやれる財産は何もない」とよく言っていました。

将来のための備えとして英才教育を受けさせられていて、かなりの優等生でした。幼少期には自分より頭のいい人に会ったことがなく、毎日のように塾や習い事に通っていましたが、遊びたいとか、他の子が羨ましいとか考えることもなく、そういうもんだと思って、親に言われるがままに過ごしていました。

あまりにも勉強ばかりで、日常生活のいろんなことを正解と不正解に分けて考える癖がつきました。例えば学校の先生から「給食を食べる前にはいただきますって言いましょう」と言われたら、その通りするのが正解で、いただきますを言わないのは不正解。常に問題を解く感覚で暮らしていたため、感情があまりありませんでした。

中学受験では日本最難関といわれる2校に合格し、そのうちの一校に入学しました。 名門校に入学したことで、両親からの「こうしなさい」が急激になくなって、解放されたような感覚になり、ようやく自分の人生が始まった気がしました。

それからは、もともとゲームや漫画が好きだったこともありアニメにどっぷりはまり、アニヲタになりました。放送されているものは全部録画し、CMを抜いて編集したりして、情熱を全部アニメに注いでいました。

そのうちにアニヲタ仲間ができ、その仲間から演劇をやってみないかと誘われました。特に部活などには所属しておらず、時間があったのでやってみることに。演者としてステージに立つ傍ら、脚本づくりにも熱中するようになりました。

高校2年生のとき、演劇をやっている高校生なら誰しもが憧れる大きな舞台で公演をする機会をもらいました。そのとき脚本、演出、役者と一人三役を務めており、失敗したらどうしようとすごく追い込まれていました。大きな舞台だったので、仲間もプレッシャーを感じて吐いたりしていて。

本番当日。緊張の中で一生懸命練習した成果を出し切りました。その結果はスタンディングオベーション。仲間とともに必死で作り上げたステージだっただけに忘れられない感動がありました。舞台って、演じたものがその場でリアルタイムにお客さんに届いて反応が返ってくる。表現したい感情が観客に伝わると、お客さんは泣くし大爆笑もしてくれる、これってすごいことだなと思いました。