高校生になってからは将来のことを考える時、いずれ実家の銭湯を継ぐことは自分の中で前提となっていました。親から直接「跡を継いでほしい」と言われたことはないので、それまでちゃんと考えたことはなかったのですが、次第に自分の将来として考えるようになりました。

しかし、自分の決まっている将来に対して、周囲から「大変だね」と言われ続けることで、「何で自分は将来が決まっているんだよ」と銭湯を継ぐことに対してネガティブになっていました。

大学に進学してからは、色々な勉強をしていく中で視野が広がっていきました。卒業の後の進路を考える時期には、将来は銭湯を継ぐ道でいこうと自然と思えていました。ただ、両親はまだまだ元気だったので、一度社会に出ようと思い就職の道を選びました。両親を見ていてどこか視野が狭い、社会が狭いと感じる部分があったので、自分は社会を見て、視野を広げようと思ったんです。

就職活動にあたっては、漠然と30歳くらいで銭湯を継ぐことを前提に考えていました。終身雇用という価値観が残っていた時代なので周囲は大手企業を希望していましたが、自分は社会に出て過ごす時間は少ないと思っていたので、20代のうちに出来るだけ成長できる仕事という軸で考えました。

文系だった自分が出来る職種として営業職を選び、大きい物を売る方がより成長できると考えたので、住宅メーカーに就職しました。スウェーデンの輸入住宅を販売している会社です。日本の住宅市場のサイクルが20年、30年と短い中で、スウェーデンでは100年住み継いでいく住宅が基本なので、良い物を長く使うという価値観が自分に合っているなと思いました。

仕事をやる上では、自分が成長したいという思いもありましたが、銭湯で育った影響なのか、出会った人を大切にしたいとか出会った人のために価値を提供したいという思いがすごく強かったですね。

すぐにでも家を建てようとしているお客さんに対してアプローチする人が多い中で、自分は3、4年後くらいに建てようと考えている人をターゲットにアプローチをしていました。その方がライバルが少ないというのもありますが、長い時間かけて関係性を築くことで、お客さんを好きになって、その人のために働く方が自分には向いていました。

自分の場合はいずれ銭湯を継ぐので、社会で実力を付けられる期間は6~7年と考え、かなり働きました。結果、営業力を身に付けることができたと思っています。まずは相手を知ることで相手のことを好きになる。そして相手が望んでいることをきちんと捉えて、その望みを叶えてあげる。その人のために行動できる力が身につきました。会社でトップの成績を残すこともできて、成功体験として自信になりました。