千葉県船橋市で生まれ、茨城県取手市で育ちました。母が小学校教師をしていて、我が家の教育方針は「みんなのためになることを積極的にやること」でした。そのため、学年が上がるにつれて、学級委員や生徒会の役員に自ら立候補するようになりました。

中学は、親の勧めもあり、近くにある中高一貫の学校に進みました。規律を重んじる学校で、1年生の道徳の時間に、「切磋琢磨」「克己心」といった様々な教えについて、自分の考えを書く授業があったんです。毎週辛かったですが、教えが身につくのを感じました。

特に心に残っていたのが「克己心」です。この教えによって、目標の達成に向かって己の心を律して努力する力が身につきました。中学校では、勉強とテニスの両立を目標に掲げ、両方を頑張っていこうと決めました。朝練して授業を受け、放課後に部活をしてから塾に行く、という毎日を送りましたね。

中学に入った頃から漠然と、将来は地域のお医者さんになりたいと思っていました。近視で近所の眼科に通っていた時に、多くの患者さんに対して優しく診療している先生を見て、医者は人に喜んでもらって地域に貢献できる、良い仕事だと思ったからです。

高校には医学部コースがあったのですが、勉強のために部活をやめなければならないコースでした。テニスと勉強の両立を目指していたため、部活を継続できる東大コースに進みました。この時、勉強とテニスの両立という自分の目標をより明確にすることができました。テニスを続ける傍ら必死に勉強をして、東京の私立大学の医学部に合格することができました。

大学に入ると、テニス部に入ってテニス漬けの日々を送りました。これほどまでにテニスに夢中になったのは、達成感を感じられて面白かったからです。テニスでは、自分で決めた目標に向けて練習したことが、結果として明白に現れます。自分で決めた目標をひとつひとつクリアしていくことで、最終的には全日本学生選手権に出場することができました。

それから、キャプテンになったことで、リーダーシップの取り方や部員のマネジメントを実体験として学ぶことができました。キャプテンとして意識していたのは、部員が自分の進歩を感じられるようにすることです。テニスは実力が結果に出るスポーツ。自分より上手い人に勝つ為には、その人より実力をつけるしかありません。でも、部員全員が上手いわけではないんですよね。そこで、誰かに勝つことではなく、一人一人が自分の目標を達成することを大切にしていました。部員にも、目標を持って、達成のために課題をどう乗り越えていくか学んでほしいと考えていました。