ネパールで剣道をメジャーにする。師との約束を果たすために。

剣道のネパール代表チームの主将を務めるアミットさん。子どもの頃にこれまで知らなかったスポーツ「剣道」を見て衝撃を受け、日本で初段、タイで二段を取得。以降、母国ネパールで剣道の普及と発展に尽力しています。アミットさんが剣道に懸ける想いとは。お話を伺いました。

Amit Kumar choudhary

アミット クマール チョードリー|剣道のネパール代表チーム主将
剣道ネパール代表チームの主将。ネパール居合道・剣道協会所属。剣道の普及を目指して世界選手権大会の出場を目指すほか、首都・カトマンズの剣道クラブや学校などで剣道の指導を行う。

空手から剣道へ


ネパールのカトマンズで生まれました。両親と妹の4人家族です。勉強よりもスポーツが好きで、得意な子どもでした。特にジャッキー・チェンやブルース・リーが好きで、武道に興味を持っていましたね。

10歳のころ、ネパールで放送されている日本のテレビ番組で初めて剣道を見ました。これまで見たことのない、まったく新しいスポーツ。衝撃を受け、自分もやってみたいと思いました。しかし家の近くに剣道を教えているところはなく、実際に始めることはできませんでした。

武道をやりたかったので、空手を習い始めました。ちょうど自己防衛のための武術を学ぶのがはやっていたこともあって、空手を学ぶ子どもも多かったんです。やがてクラブで一番うまくなり、試合でも勝てるようになりました。

18歳のとき、近くに武道館ができ、新しいスポーツが習えると友人から聞きました。行ってみると、剣道がそこで行われていたんです。テレビで見てあこがれた剣道が、目の前にある。びっくりしたし、すごく感動しましたね。

それまで8年間空手を続けていましたが、試合の結果に納得いかないことが多くなっていました。そこで新たに、剣道を始めることにしました。

しかし始めて1カ月経つと、もうやめたくなりました。練習は毎日、剣道独特の足さばきである「すり足」ばかり。面白くないし嫌になってしまったんです。「もうやりたくない」と母のサキラに話すと、怒られてしまいました。「空手をやめて剣道を始めたのに、それももうやめようとしている。きちんと続けなさい」と。その言葉を聞き、今はつらくても頑張ろうと前を向くことができました。

日本の師との出会い


剣道を教えてくれていた先生は、JICAのシニアボランティアで来ていた日本人の男性でした。ネパールに剣道を普及するために派遣されていたんです。練習は相変わらず辛かったですが、どんどんのめり込んでいってもっと剣道を学びたいと思うようになりました。

そこで高校を卒業した後、剣道を学ぶために一緒に剣道を習っていた仲間と4人ほどで、先生と一緒に日本に行くことにしました。日本語がまったくわからなかったので不安もありましたが、剣道を学べる喜びの方が大きかったです。日本では先生のお宅に住ませていただくことに。花の種をパッキングするなどの簡単な仕事をしながら、剣道に没頭しました。

日本の練習はかなりきつかったですね。掛かり稽古といって、みんなが見ている前で先生と延々と打ち合いをするんです。あまりにも長時間やるので、だんだん怒りが湧いてきて力づくで面や小手を打ちにいく事もありました。先生は全く動じず、稽古を継続しましたけどね。

練習は辛かったですが、大勢の人と剣道ができることは喜びでもありました。ネパールでは、大勢で剣道をやっている光景を見たことがありませんでしたから。実力者と対戦できる事もありがたかったです。

ある試合で、一人の選手と戦ったときのこと。私は胴を打たれ一本先取されましたが、次に面を決めることができました。勝負の三本目。先生が教えてくれたことを思い出しながら、集中して臨みました。立合いで相手が攻めに入ろうとわずかに動いた瞬間、私の面が相手を捉えたんです。自分でも驚くぐらいのスピードでした。勝負が決まったときはすごく嬉しかったですね。先生やそのご兄弟、試合を見ていたほかの日本人もとても喜んでいました。

後で、先生が「対戦相手は五段の強者だったんだよ」と教えてくれました。まだ何も段を持っていない状態で、剣道5段の実力者に勝つことができたとわかり、ものすごく嬉しかったです。対戦した五段の選手が以前から私に一目置いてくれていたこともわかり、大きな自信になりました。

日本で2年間剣道を学び、初段を取得。日本にいたいとも思っていましたが、日本で学んだ剣道をネパールに還元したいという思いがあり、帰国することにしました。戻る時、先生が「ネパールで剣道を続けてください」と言ってくださって。ネパールで剣道を普及させることは、先生の夢でした。それを託されたんです。先生の言葉が心に残って、この先生のために剣道を続けようと決めました。

剣道を普及させたい


ネパールに帰ってくると、一人で稽古を続ける傍ら、剣道を普及させようと奔走しました。一緒に剣道をやろうと友達を誘ったり、SNSで情報を拡散したり、剣道に関する隊員を派遣してくれるようJICAに掛け合ったり。東南アジアなどの国々の剣道連盟ともコンタクトをとって、ネパールでも剣道をやっていることをアピールしたりもしました。

友達経由で、剣道に興味のある人が数人見つかりました。簡単な所作から教え、一緒に剣道をするように。剣道をする上で覚えなければならない基本的な所作が日本語なので、どう教えるかが難しかったですね。日本語のまま伝え、その概念を丁寧に説明するようにしました。

剣道を続ける一方、建築の仕事を始めることにしました。新興住宅が増え始めた頃で、建築の需要があったんです。新しい家に引っ越したいという人が多かったので、これなら食べていけると思いました。全くの未経験でしたが、独学で勉強。はじめは人の書いた設計図をみて、ひたすらそれを真似て書きました。

ある程度知識ややり方が身につくと起業。ミドルクラスの人向けに、1階建ての一戸建てを専門にして設計から販売まで行なっていました。設計図を書くだけでなく、現場に行って建築の指導もしましたね。大工さんは案件ごとに雇い、そのほかの仕事は家族に手伝ってもらっていました。ネパールでは家族単位で仕事をすることが多いんです。

仕事と剣道と、両方がそれなりに軌道に乗ってきた頃、大きな地震が起きました。家族は無事でしたが、剣道を練習していた武道館が被災してしまい、練習を継続できなくなりました。また、建材を確保することが難しくなったため建築業も続けられなくなり、廃業することになってしまいました。

震災を乗り越え取得した2段


ある程度震災後の状況が落ち着くと、家族とカフェを始めることにしました。両親が以前カフェを経営したことがあり、ノウハウがあったんです。家族4人、みんなで経営から実際の運営までしていたので、他のことをする時間がなくなりました。剣道の練習施設が使えなくなってしまったこともあり、練習できない日々が続きました。

実際に練習する時間を取れないので、せめてもとインターネットの動画などを見て、剣道がうまい人の動きを研究していましたね。先生から託された夢があったから、剣道をやめようとは思いませんでした。

そんな状態で朝から晩まで働いて2年ほど経つと、ようやく少し余裕ができました。そこで、タイで開かれる昇段試験と、同時期に開催される大会に出場することにしました。剣道には昇段試験があり、それをパスしないと段をもらえません。ネパールでは審査する人がおらず昇段試験を受けられないので、海外に行く必要があったのです。

カフェで働いたあと、夕方から飛行機に乗りタイへ。緊張して気が高ぶっていたこともあって、全然眠れませんでした。朝7時に到着し、9時からそのまま試合へ。強行スケジュールでしたが、無事に2段を取得することができました。よかった、と本当にホッとしましたね。そのあとトーナメント戦にも出場し、経験を積むことができました。翌年には、ベトナムの大会にも出場することができました。

世界選手権大会優勝を目指して


現在は、ネパールで剣道を普及させることを目指して、ネパール代表チームの主将として大会に出場したり、剣道の指導を行うなどさまざまな活動をしています。

2018年3月になってようやく、練習施設が使えるようになりました。以前練習していたメンバーや新たに加わったメンバーとともに、カトマンズで練習を再開しています。自分の腕を磨くと同時に、代表チームのメンバーを強くしていきたいですね。

また、学校での剣道の指導も行なっています。すり足や竹刀の振り方など、簡単なことから教えています。基本は剣道に置きつつ、走り方などの指導もしますよ。子どもたちが大きくなった時、剣道だけではなく他のスポーツでも使えるような、スポーツの基礎を学んでほしいと思っています。もちろん、剣道を続けてくれたら嬉しいですね。自分の子どもにも絶対に剣道を教えたいと思っていますから。まずは、妻を見つけるところからですけどね。

今は日本の先生や日本大使館などから竹刀や防具をもらって、なんとか指導を続けている状態です。しかしもっと多くの人に剣道を教えようと思ったら、これだけでは足りません。ましてや子どもに指導するとなると、成長に合わせて違う長さの竹刀が必要になってくるのでなおさらです。

剣道用品の工面だけでなく、今は試合や段取得のための遠征もほとんど自費でまかなっている状態。これを続けていくには限界があるので、成果を出して、応援してくれる人を増やしていかなければならないと考えています。

今の一番の目標は、3年に一度開かれ、世界各国の選手が出場する世界剣道選手権大会に出場し、優勝することです。それによって剣道がネパール国内でも注目され、やってみたい、応援したいと思ってくれる人が増えると思うんです。興味や関わりを持ってくれる人が増えれば、剣道の輪が広がっていくはずです。

この大会は、主催団体である国際剣道連盟への加盟が認められなければ、出場することができません。現在は他国の剣道連盟と交流するなどして出場方法を模索しているところ。まだ越えるべき壁はたくさんありますが、世界大会の舞台へ向かって一歩一歩進んでいきたいです。

私にとって剣道は、もはや毎日の生活の一部なんです。礼に始まり礼に終わる。剣道の教えですが、これをしなかった日はなんだかおかしい感じがするんですよね。ネパールで剣道を普及させることは、私に剣道を教えてくれた師の、そして私自身の夢です。この夢に向かって、これからも挑み続けていきたいです。

2018.11.19

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