ミュージカルにはお客さんを変える力がある。 舞台に馴染みのない人にも、心が動く体験を。

ミュージカル女優としてさまざまな舞台に立つ綿引さん。もともとは恥ずかしがり屋で、舞台の上を歩くだけで緊張したそうです。そんな綿引さんがミュージカルにのめり込み、お客さまの心を動かしたいと思うに至った背景とは。お話を伺いました。

綿引さやか

わたびき さやか|ミュージカル女優
ミュージカル女優。シンガーやラジオパーソナリティとしても活動している。『レ・ミゼラブル』、『リトル・マーメイド』、『ジャージー・ボーイズ』、『「Beauty and The Beast」IN CONCERT』、『東京ディズニーリゾート35周年"Happiest Celebration!"イン・コンサート』など、舞台やコンサートに多数出演。

人を喜ばせ、楽しませたい


東京都港区で生まれました。母が好きだった影響で、幼いころからよくディズニーランドに通っていました。特に好きだったのがショーやパレードです。出演者やお客様によって毎回新しい変化や発見があるところに惹きつけられていました。そんな中、笑顔でステージに立つキャストのお姉さんに、強い憧れを抱くようになりました。

幼い頃から人に何かを見せて楽しんでもらうことが大好きでした。母の買い物について行くと、洋服屋さんの試着室をステージにして、見知らぬお客様や店員さんに歌や踊りを披露していましたね。

中学入学後、友人に連れられて観たミュージカル部の舞台に圧倒され、入部を決意。初舞台は『美女と野獣』の村人やお皿の役でした。最初は、ただ舞台の上手から下手へと歩くことも恥ずかしくてたまらなかったのですが、練習するうちに演じる楽しさに目覚め、徐々に部活にのめり込むようになりました。朝も放課後も学校で練習し、家に帰っても歌や踊りの自主練。くたくたになって眠る毎日でした。

初めて名前のある役をもらった中学3年生の文化祭。本番直前、馬鹿にした様子で「ミュージカルとかウケるんだけど。暇だから見てみる?」と言う他校の男子生徒の声が聞こえてきました。大会などが存在しないミュージカル部にとって、文化祭公演は自分たちが半年間、命をかけてやってきたことを披露する場。そういう言い方をされたのは本当に悔しくて、絶対に感動させるんだ!と燃えましたね。

無事本番を終え、出口でお客様を見送りながらご挨拶をしていたら、公演前に馬鹿にしていた男子生徒たちが感動して泣きながら出てきました。たった1時間半でも、皆で心を込めて全力で創ったものはこんなにも人の心を動かすことができるのかと、舞台の持つ力の大きさを感じました。同時に、音楽や舞台に興味のない方達に対しても何かを届けることができるのだと、やりがいや達成感も覚えました。

ちなみにこの時の作品は『ライオン・キング』。私はハイエナの「シェンジ役」だったので、特に感動をお届けする役割ではありませんでしたけど(笑)。でもハイエナとして全力で作品をお届けしたつもりです。

ミュージカル女優になりたい


高校でもミュージカル部に所属し、将来もミュージカルを続けたいと思うようになっていましたが、まずは大学に進学しようと決めました。でも、いざ進路を決める時期になると、進学して何を勉強したいのか正直分からなかったんです。周りの友人たちが目標に向かってどんどんと受験勉強に取り組む中、私は進路をなかなか定められず焦っていました。

そんな時、授業で飢餓に苦しむ途上国の人たちの映像を見て衝撃を受けました。自分が恵まれた環境にいることを実感し、人々のために何かできることはないかと思うようになりました。

命を直接救うようなことは難しいかもしれないけれど、大好きな音楽で生きるエネルギーを届けることはできないか。そう考えていたとき、音楽療法というものを知り、音楽の力をもっと勉強するため、音楽療法について学べる大学に進学することにしました。

入学後は音楽療法や興味のあった分野について勉強するかたわら、いくつかミュージカルのオーディションにも挑戦。学業と両立しながらミュージカル女優への道に希望を持つようになりました。

就活が始まる頃には、大学で勉強した内容も踏まえた上で、改めてミュージカル女優になることを決めていました。両親に大学まで通わせてもらったので企業に就職する選択肢もありましたが、本当にやりたいと思っていることを曲げてまで、別のことをする自分が想像できなかったんです。両親にはミュージカルに対する想いや、その仕事を通してどのように社会に貢献したいのかを説明し、進路について納得してもらいました。

大学卒業後、100近いオーディションを受けましたが全く受からず、プロの世界は甘くないことを思い知りました。なかなか舞台に出演することができず不安な毎日を過ごしながら、就職した友人が最初のボーナスをもらう中、私はアルバイトで稼いだお金をなんとかやりくりして生活している状況でした。色々な焦りが邪魔をして、オーディションがうまくいかない、という悪循環が生まれました。それでも、ミュージカルへの道を諦めようと思ったことは一度もありませんでした。

一方で、スキルを上げるためには、一流のものに触れながら学びたいと考え、ミュージカルの本場、ニューヨークへ留学することにしました。

人と違うからこそ魅力になる


ニューヨークでは、特定の学校に通うのではなく、自分の習いたい先生のスタジオに出かけて行って、毎日のように歌や踊りのレッスンを受けました。ある歌のグループレッスンで、自分の特徴について知るため、自らの長所と短所を書き出すことになりました。私は“声が細い”“背が低い”などを、短所としてたくさん書きました。ところが、他の受講生たちが書いていたのはほとんどが長所。みんなは、体型も髪質も瞳の色も、自分のあらゆる部分を長所だと考えていたのです。

みんなは私が短所ばかり書いていることに驚き、私の長所を挙げてくれました。「髪が真っ黒ですごく素敵」「小柄だからああいうドレスが似合いそう」「声が繊細で優しい」など。自分では考えもしなかったような部分や短所だと思っていた部分が長所だと教えてもらったんです。

その時、人と違うからこそ魅力的なんだと気が付きました。人との違いを短所だと思うのではなく、自分自身で認めて、強みにしていかなければいけないんだと。それからは、人と自分を比較しなくなり、自分自身をどう成長させていくかにフォーカスできるようになりました。

ニューヨークでのレッスンと平行して、日本でも大切なオーディションを受けていました。それは私が目標にし続けていた『レ・ミゼラブル』の、エポニーヌという役。どうしても演じたいという想いから毎日スタジオで練習し、気がつけばその役のことしか考えられなくなっていました。

そんな私に、ある方が「あなたはやりたいという気持ちが行き過ぎて、本来の“素材”のことを忘れかけているから、もう少し“あなた自身の素材を磨くこと”に時間を使ってみたら?」とアドバイスをくださいました。

そこで勇気を持って、毎日使っていたボロボロの楽譜をしまい、一旦その役から離れることにしました。自分という素材を磨き続ける為に、自分自身と向き合いました。「綿引さやか」という素材の魅力は何なのかについて、改めて考えるようになったんです。

ニューヨークでレッスンに通いながらオーディションの結果を待っていた頃、日本から電話で「レ・ミゼラブルのアンサンブルキャストとして合格しました」と連絡を受けました。憧れていたエポニーヌ役ではなかったですが大好きな作品に出演できるというだけで、ものすごく嬉しかったです。「よろしくお願いします!!」と即答し、ずっと応援してくれていた友人と一緒に夜中のタイムズスクエアで大はしゃぎしました。

それからすぐに日本に帰り、本番に向けて稽古漬けの日々を送りました。ある日、ロンドンから演出家が来日し、稽古後に急遽オーディションを行うことになったんです。そこでもう一度エポニーヌ役の歌を聴いていただけることになりました。

次の日、演出家に「さやかをエポニーヌに選びます。僕たちは一人一人の才能と魅力を見て、あなた達の力が最も発揮されるのはどこかを考えています。自分の力を信じて最後まで頑張ってください」と言われました。事態がすぐに飲み込めませんでした。まさかこのような形で夢が叶うとは思ってもいなかったので。私にとって本当に奇跡的な、大きな出来事でした。

『レ・ミゼラブル』にエポニーヌとして出演させていただいてからは、プロとして徐々にお仕事をいただけるようになっていきました。

もっと多くの人にミュージカルや音楽を届けたい


現在は、ミュージカルをメインフィールドとして多い時は年6〜7本の作品に出演。その他にコンサートなどにも出演させていただいています。公演期間は、1日しかないものから、ロングラン公演されるものまでまちまちです。本番と並行して、次の公演のための稽古を行っていることもありますが、舞台でお客様の笑顔にパワーを頂いて頑張っています。

最近私は、「届ける役」であることも意識して舞台に立つようにしています。舞台は、衣装、小道具、大道具といった人たちが想いを込め作っているものが集約され完成します。そんな人たちの想いを、目に見える形でお客さまに届けるのも私たち演者の役割なのだと思っています。その意識はこれからも忘れないようにしていきたいです。

お仕事をいただけるようになった今でも、中学の文化祭で感じた舞台の素晴らしさは何も変わりません。これまで劇場で舞台を観たことがないお客様だったとしても、来たときと帰るときでは自分の中で何かが変わっている。そんな体験を提供したいと思っています。

今後はミュージカル女優としてキャリアを積み、実力をつけた上で、世界中のもっと多くの人たちに音楽や舞台を届けたいです。

2018.08.23

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