岡山県高梁(たかはし)市の山奥の地域で生まれました。5人兄妹の末っ子で、上には兄が4人います。いつも兄たちに交じって遊んでいて、木登りや魚獲り、山菜採りなどが大好きな子どもでした。村では男勝りな女の子として名が通っていましたね。

とにかく田舎なので、小学校に通うのに、毎朝10キロのけもの道を歩きました。道中には傾斜が30度以上の急な坂があり、学校にたどり着くだけで一苦労。ほとんど遅刻していましたね。それでも6年間、1日も休まずに通ったので足腰が丈夫になりました。

中学2年生になった時、家族で市街地へ引っ越しました。以前住んでいたところに比べると、ずいぶん都会だなと感じました。転校した中学校には、野山で遊びまわっているような子はいませんでした。私は毎日外で遊んでいたので、肌は日焼けで真っ黒。新しい学校ではそれをからかわれ、同級生から陰で「くろんぼ」と呼ばれて無視されるようになりました。

嫌でしたが、そこで泣いたりはしませんでした。これまで田舎の山道にも負けずに育ってきましたから、忍耐強かったんです。「一人でも友達がおれば、あとはなんとでもなるわ」と思って、無視する人は無視すればいいと開き直りました。そんな態度を取っていたら、周りもだんだん普通に接してくるようになり、いつの間にか馴染んでいましたね。

兄が鉄工所の経営を始めるというのに影響を受け、将来は何か商売をしたいと漠然と思うようになりました。勉強して大学に行こうという気もなかったので、仕事の役に立つことを学ぼうと商業高校に進学しました。