東京・池袋の駅前で酒屋を営む両親のもと生まれました。3兄妹の長男で、4つ下の弟と、9つ下の妹がいます。幼稚園のころから塾に行き、小学校受験をして、国立大附属の小学校に通いました。ほとんどのクラスメイトは塾に行って習い事をするのが当たり前で、僕も塾のほかにエレクトーンや水泳、野球を習っていました。

週に何度も塾に通って習い事もしているので、勉強もスポーツも人より得意でした。特に野球が好きで、中学校では学校の野球部と地元の少年野球を掛け持ちするほど熱中していました。試合にはレギュラーで出場していましたし、1・2個上の先輩よりもうまくプレーできるので楽しかったですね。

進路は、小学校のころ好きだった女の子が看護師になりたいと言っていたことに影響を受け、医者を目指すようになりました。はじめは冗談でしたが、医療ドラマを見たり国境なき医師団を知ったりするうちに、医者っていいなと本気になってきたんです。

そこで国立の医学部を受験しましたが、どこにも入ることができませんでした。合格するためには、センター試験全科目で8~9割の点数を取らなくてはいけないんです。僕は理系科目で満点を取れても、苦手な文系科目でどうしても点を取れませんでした。

母と「2浪までよ」と約束をして、予備校に通いました。国立大付属の小中高に通ってきたため、自分は優秀だという自負もありましたし、周りにも「頭がいい」というレッテルを貼られているのを感じていました。しかし2浪しても合格できず、「もう1度挑戦しても受からないな」という思いが自分の中でも強くなりました。これまでは、医学部だったら浪人していても「仕方ない」と言い訳できましたが、もうそうもいきません。見栄と現実の間で苦しみましたが、最終的に医学部を諦め、私大の理工学部に進学することにしました。