誇りある美しいシゴト、その「解釈」から未来は始まる。地域と業界の「実」を支える、マテックスのパーパス経営
マテックス株式会社とは
(本編の記事を読む前に:マテックス株式会社について)
ITや物流システムの発達により、メーカーとエンドユーザーが直接繋がる現代。中間マージンを得る「卸売業」は、その役目を終えたと言われることも少なくありません。事実、多くの企業が変革を模索しています。しかし、そんな時代に逆行するように、メーカーと顧客の双方から「業界を変革する存在」として絶大な信頼を寄せられる卸売業者があります。
マテックス株式会社。1928年に「松本硝子店」として創業した、窓ガラスやサッシを主に取り扱う専門商社です。関東一円を営業エリアとし、社員数287名(2025年4月現在)、年商170億円(2024年度)を誇ります。
その評価は際立っており、大手メーカーからは「先進的なビジネスパートナー」と称され、顧客である地域の販売店からは「時に道を作ってくれ、風よけとなってくれる頼もしい存在」と慕われています。2025年には、世界的なサステナビリティ認証である「B Corp認証」も取得しました。
会社を率いるのは、3代目社長の松本浩志氏。創業者の祖父、事業を拡大した父の後を継ぎ、東芝での勤務を経て2002年に入社、2009年に社長に就任しました。
松本社長が率いるマテックスは、単にモノを流通させる「卸売業」にとどまりません。新設住宅が減少する以前の2006年頃から、いち早く「リフォーム需要」に着目。さらに、窓がもたらす「エネルギーロス」や「健康被害(ヒートショックなど)」といった社会課題の解決を自社の使命と捉え、業界全体の意識改革をリードしています。
本記事は、独自の哲学を持つ松本社長が探求する「仕事の価値」と、その先の未来について伺ったインタビューです。
松本浩志
1972年生まれ。米サンダーバードグローバル経営大学院修了、MBA取得。大手電機メーカー勤務を経て、2009年にマテックス株式会社の三代目代表に就任。「窓から日本を変えていく」をビジョンに掲げ、共創志向型ビジネスの創出に挑む。2013年には「人にフォーカスする経営」の実現に向けて、コア・パーパスとコア・バリューを導入。2022年より、サードプレイス事業「HIRAKU IKEBUKURO」を立ち上げ、一人ひとりの成長支援に力を注ぐ。
【現在】「誇り」を生む「解釈」の力
「実」を支える人々の目覚め

ここ数年の社会を見るに、私が昔から想像していたことが、いよいよ起き始めていると感じています。それは、現場を支えてくださっている人たちが、自分たちの存在意義や価値とは何かを考え、そこに向き合い始めているということです。
私たちマテックスは窓を扱う会社であり、最後は現場が形にし、商品として認められる流れの中で生きてきました。地域に根ざし、顔の見える関係の中でどう応えていくかを考えてきた中間卸として、この変化は必然だと感じています。
アメリカでは「ブルーカラービリオネア」という言葉が示すように、現場を支えてきたエッセンシャルワーカーが、今までとは違う対価を得る流れが始まっています。コンサルタントやプランナーのような知識労働者だけでなく、社会の「実」を司る人たちが見直される。これは非常に前向きな変化です。
4年間の探求と「仕事観」への到達
その一つの皮切りが、2025年10月に開催した「マテックスフェアー」です。今年は、「Purpose for ALL ~誇りある美しいシゴトを~」という標語を掲げ、1500名超の方にご来場いただきました。
この4年間、マテックスフェアーでは「パーパス」を大テーマに掲げ、完全予約制・フルアテンド形式で、来場者に30分のトークセッションを聞いていただく形にコンセプトリニューアルしました。
- 1年目:「三方よしを叶えるパーパス経営」(事業観)
- 2年目:「企業とひとの成長を支えるパーパス経営」(+人生観)
- 3年目:「文化を戦略にする真のパーパス経営」(+組織価値観)
- 4年目(今年):「パーパスでひらく誇りある美しい仕事」(+仕事観・職業観)
このように、事業観から始まり、人生観、組織価値観、そして今年は「仕事観・職業観」へとテーマを深めてきました。
世の中を創る「解釈」という営み
今年のトークセッションでは、有名な「石切り職人の寓話」を題材にしました。人によって、同じことをしていても、何を目的としているかの心構えで捉え方が変わっていくというお話です。ある人は、生活のために働く(生活基盤)人もいるし、プロとして技術を磨く(専門性・プライド)ことを目的とする人もいるでしょう。あるいは、誰か(未来の人々)を想像して働く(後世への貢献)人もいるでしょう。これらは皆、働く上で大切な要素ですが、人それぞれにその度合いは違い、幸福感ともイコールではない。特に3番目の「誰かを想像する」という利他の心。これこそが「誇りある美しいシゴト」に重なるのではないか、と。
最近、世の中は「解釈」でできているものが多いと痛感します。歴史など、ほぼ解釈ではないでしょうか。ファクトだけが語られているのではなく、そこには必ず解釈が存在します。 「解釈」という言葉を調べると、「何かの意味や重要性を心の中で表現すること」とあります。これは非常に大事な営みです。周りで起きていることを、自分がどう心の中で表現するか。それが現実を創っていくのです。
「真のエッセンシャルワーク」とは何か
コロナ禍で「エッセンシャルワーク」という言葉が注目されました。厚生労働省の一覧表を見て、なるほどとは思いつつ、私には腑に落ちない部分があった。「ここに書かれていない仕事は、非エッセンシャルなのか?」と。
私なりに「解釈」し直した「真のエッセンシャルワーク」の定義があります。
困っている人がいれば助けたいと思う。 目の前にいなくても、いることを想像して、自分にできることはないかと考える。
この「心」こそが、エッセンシャル度合いを決める要素ではないでしょうか。職業一覧で決まるものではありません。
これまで不遇だったかもしれない現場の人々が、その「心」によって正当に評価される。マテックスが地域企業と共に「どう応えていくか」を追求してきたことが、ますます重要になる。今、そんな確かな手応えを感じています。
フェアーのアンケートでも、変化は明確です。2023年(2年目)の結果では、「パーパスをぜひ掲げたい」(27%)と「理解を深めた上で検討したい」(58%)を合わせると85%に達しました。この業界で、こうした意識変革が起きている。これは奇跡的であり、私たちの自信にもつながっています。
【過去】原風景としての「地域」と、変革の「原点」
「恵まれた」幼少期と、失われた商店街
私の原体験は、池袋にあります。今の本社から1分足らずのところにある、倉庫の上に住んでいました。当時は商店街が元気で、近所にはカメラ屋さん、和菓子屋さん、酒屋さん、電気屋さん、八百屋さん、氷屋さん…何でも揃っていました。夏休みは神社のラジオ体操でスタンプをもらい、最後にお菓子の詰め合わせをもらう。盆踊りがあり、節分には豆まきがある。隣の布団屋の親父さんが町内会の役員で、最前列で紙袋を広げていたら、袋ごと豆を落としてくれたこともありました。カゴを持ってチャリでお使いに行き、氷屋で買った氷が重くて転びそうになったり。
私にとって「恵まれていた」とは、金銭的な豊かさではなく、「地域の営み」や「地域の人」が常に見えていたことです。そこには確かな接続感がありました。
それが中学生になる頃、自分自身の行動範囲が部活動などで広がると同時に、地域の商店が一つ、また一つと姿を消していきました。90年代後半から2000年代にかけ、その場所は一気にマンションに変わっていきました。あの「地域の営み」の感覚が失われていったのです。
アメリカ留学と「お手並み拝見」
父から「お前はこの後を継ぐんだ」と明確に言われたことはありません。ただ「長男だからな」とはずっと言われていました。父が業界活動などでいきいきと働く姿を見て、いつかは自分も、と無意識に思っていたのかもしれません。
大学2年を終えた時、短期留学から帰ってきた友人たちが、人間的にすごく大きく成長している姿に触発されました。「自分もあのようになりたい」と、休学してアメリカの大学へ編入することを決意しました。
卒業後は、ボストンのキャリアフォーラムで最初にご縁があった東芝に就職します。「ゆくゆくは会社(マテックス)の役に立つ経験を」という思いがありました。そして2002年、30歳の時にマテックスに入社します。
そこで直面したのは、環境の激変でした。東芝では一人一台だったPCが、マテックスでは全社で10台。そして、社長の息子が入社してきたことに対する、いわゆる「お手並み拝見」といった独特の空気感も感じ取りました。
同時に、前の職場とは異なる文化にも触れました。当時の社員の方々は、非常に真摯に仕事に向き合っており、お酒の席でも話題は仕事のことが中心。その熱意は素晴らしいものでした。
ただ、東芝で多様な趣味やバックグラウンドを持つ人々に囲まれていた自分にとっては、その真摯さに加え、もっと多様な価値観が混ざり合えば、会社はさらに面白くなるのではないかとも感じたのです。もっと一人ひとりを尊重し、多様性を力に変えていく。当時の経験が、その後の改革を考える上での一つの原点になりました。
理念制定と「寝たら忘れる」力
2009年に社長に就任するにあたり、まず着手したのが理念の制定です。当時の会議は「売上いくら」「損益が出たか出てないか」が全て。それも大事ですが、それだけではダメだと思いました。
「作って終わり」にしないため、理念を携えて各拠点を回りました。当然、反発もあります。「これって残業代、出るんですか?」と聞かれたりもしました。でも、私は幸いなことに、寝るとすっきり忘れてリセットできる性格なんです(笑)。
変革の兆しは、基幹システムの入れ替えプロジェクトの時に見えました。多くの人が「なぜ変えるんだ」と抵抗する中、「私は絶対についていきます」と言ってくれた社員がいた。その一言が、私に過剰なほどの自信を与えてくれました。
じわりじわりとですが、会社は変わり始めました。2010年の「CSR大賞」など、あえて客観的な評価を得に行ったのも、社内で「自分たちのやっていることは間違っていない」という認識を広めたかったからです。私たちのCSRはゴミ拾いからではなく、扱っている「ガラス・窓」がいかに社会性が高く、エネルギーロスを防ぎ、CO2削減に貢献しているか、その「本業の価値」に気づくことからスタートしたのです。
【未来】「地消地産」と、業界全体のアップデート
AI時代と『Small is Beautiful』
最近は生成AIの進化が話題ですが、私はこれを「人間味が際立つ」良い話だと捉えています。
私の価値観に大きく影響を与えた本に『スモール イズ ビューティフル』((講談社学術文庫)があります。文明が発展しすぎ、大きくなりすぎたことで地球環境に負荷がかかっている。「大きくなりすぎたモノをどう適正に戻すか」を考える時が来ています。今こそ「適正規模」を見つめ直す時です。 AIが利便性を高めるほど、「人間らしさ」が価値を持つ。そして、これからは「地産地消」がゴールではなく、「地消地産」の時代が来ると思っています。地産地消:その地で作ったものを、その地で消費する。 地消地産:その地で消費するに「値する」ものを、その地で作る。「互産互生」(地域が互いに持っていないものを交換し、交流を深めることで新たな価値を創造する取り組み)がグローバル化で限界を迎え、地産地消が見直された。その次に来るのが、地域のニーズに合わせた「適正なものづくり」である「地消地産」です。これからは「地産地消」と「地消地産」を柔軟に行き来することが望ましいと考えています。
「時間」からの解放と、業界への貢献
かつて「時計」が発明され、資本家が「時間」を買うことで、労働と時間は結びつきました。でも、日本の圧倒的に長かった狩猟採集や農耕の時代は、時計ではなく自然や必要性に応じて働いていたはずです。
もちろん原始時代に戻るわけではありませんが、何が私たちを締め付けているのかを紐解きたい。これからは、単なる「時間」で評価されるのではなく、「誰を想像し、どういう価値を提供し、どう応えていくのか」がより重要になる。まさに「誇りある美しいシゴト」です。
この考えは、社内だけに留まりません。今は、お客様である地域企業に向けて、パーパス経営の勉強会や研修を行っています。まさに「地域企業の甦生」が始まろうとしており、その伴走をしたいのです。
「窓」産業の未来のために
さらに、業界全体をアップデートする役割も担っています。ガラス業界には7つの団体があり、私はその中で横断的に活動を推進啓発する組織である「機能ガラス普及推進協議会」の未来をつくる大役を仰せつかり、パーパスの策定から取り組んでいます。
また、ガラス業界とサッシ業界の間にある壁を超え、業界全体で国の政策に提言するため、2022年に「住宅開口部グリーン化推進協議会(AGW)」を同じ志をもつ者たち同士で設立しました。
この活動が実を結び、環境省・経産省・国交省の三省連携による「住宅省エネキャンペーン」(補助金)が創設されました。窓は、CO2削減という国の目標と直結する、非常に重要な産業です。
地域の経済を支え、環境にも貢献できる「窓」という産業は、本当に面白くユニークです。この産業の魅力を発信し、守り、発展させていく。それが、マテックスに課せられたミッションだと確信しています。
マテックスについての記事は当社運営メディアのcokiでも紹介しています。
松本浩志
1972年生まれ。米サンダーバードグローバル経営大学院修了、MBA取得。大手電機メーカー勤務を経て、2009年にマテックス株式会社の三代目代表に就任。「窓から日本を変えていく」をビジョンに掲げ、共創志向型ビジネスの創出に挑む。2013年には「人にフォーカスする経営」の実現に向けて、コア・パーパスとコア・バリューを導入。2022年より、サードプレイス事業「HIRAKU IKEBUKURO」を立ち上げ、一人ひとりの成長支援に力を注ぐ。